馬券事件(札幌事件)
目次
偶然性が減殺されていれば雑所得
概要
天才的予想士と呼ばれた納税者による馬券事件。
予想ソフトなどは利用せず、独自のノウハウと知見のみで、予想を行っていたことが特徴。
利益が2億円を超える年もあり、大阪事件よりさらに巨額な払戻金をめぐる裁判であった。
ソフトウェアを使用しなくても雑所得の可能性が開けたという意味で画期的な事案。
金額
馬券的中による払戻金に係る所得は一時所得であり、外れ馬券の購入代金は、その所得に係る総収入金額から控除できないとされた事例。
東京地方裁判所は、納税者は馬券の購入を裏付ける資料を保存しておらず、競馬場やレースについて機械的、網羅的に馬券を購入していたのか不明であり、馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するというべきほどのものではなく、規模の点を別にすれば一般的な競馬愛好家による馬券購入の態様と大きな差があるものとは認められないとし、本件競馬所得は、個別の馬券が的中したことによる偶発的な利益が集積したものにすぎないものであって、一時所得に該当すると判断。
しかし、東京高裁で判断が覆り、納税者は、独自のノウハウに基づいて長期間にわたり多数回かつ頻繁に馬券の網羅的な購入をして100%を超える回収率を実現することにより多額の利益を恒常的に上げていたものであり、雑所得に該当するというべきであると判断され、最高裁も原審を支持。納税者勝訴で確定した。
「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるかの判定に際し、ソフトウェアの使用が必ずしも必須ではないとされ、またもや所得税基本通達を変えさせた重要判例。
■裁判所情報
東京地裁 平成27年5月14日判決(増田稔裁判長)(納税者敗訴)(原告控訴)
東京高等裁判所 平成28年4月21日判決(菊池洋一裁判長)(納税者勝訴)(被控訴人上告)
最高裁判所 平成29年12月15日判決(菅野博之裁判長)(納税者勝訴)(棄却)(確定)
争点
本件における馬券の払戻金に係る所得は一時所得か雑所得か。
判決
東京地方裁判所
→納税者敗訴
納税者は馬券の購入を裏付ける資料を保存しておらず、競馬場やレースについて機械的、網羅的に馬券を購入していたのか不明であり、馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するというべきほどのものではなく、規模の点を別にすれば一般的な競馬愛好家による馬券購入の態様と大きな差があるものとは認められない。
東京高等裁判所
→納税者逆転勝訴
控訴人が具体的な馬券の購入を裏付ける資料を保存して
いないため、具体的な購入馬券を特定することはできないものの、その有するノウハウを駆使し、十分に多数のレースにおいて期待回収率が100%を超える馬券の選別に成功したことにより、多額の利益を恒常的に得ることができたものと認められる。大阪事件の馬券の購入方法と本質的な違いはない。
最高裁判所
→納税者勝訴
回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえるのであって、そのような被上告人の一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったということができる。
一時所得と雑所得
■所得区分のあらまし
所得税法では、その性格によって所得を次の10種類に区分している。
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得である。
■当事案との関係
当事案は、納税者が馬券の払戻金によって得た所得が、上記10種類のうちいずれかに該当するかが争われたが、一時所得と雑所得以外ではあり得ないとして、本質的には、一時所得と雑所得の2者択一で争われた事案である。一時所得には、一時所得3要件と呼ばれるものがあり、除外要件、非継続性要件、非対価性要件である。(下記参照)
■上記を前提として、所得税法では、一時所得と雑所得を以下のように定義している。
■所得税法34条1項(一時所得)
一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
(除外要件、非継続性要件、非対価性要件の一時所得3要件)
■所得税法35条1項(雑所得)
雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。
キーワード
■キーワード
所得発生の蓋然性、機械的、網羅的、一時所得、偶発的、継続的行為、恒常的購入、娯楽、雑所得、社会通念、趣旨、所得区分、所得税法違反、費用収益対応
■重要概念
偶然性の減殺
東京地裁/両者の主張
納税者の主張
“原告は、中央競馬の競走馬や騎手、レースを分析した上、的中率が低いと判断されるレースを除き、中央競馬における1年間のほぼ全てのレースにおいて、独自のノウハウに基づいて着順の予想をし、6年間にわたり、馬券を大量に機械的かつ継続的に購入しており、原告にとって馬券の購入は、遊興的、娯楽的性格を一切帯びるものではなく、専ら投資としての性質を有するものであった。そして、原告は、現実に、平成17年から平成22年までの間、別表2-1ないし2-6の各「入出金履歴」欄の「③差引金額」欄のとおりの多額の利益を上げていたことからすると、原告の馬券購入行為は、営利を目的とした継続的行為であり、それによって生じた本件競馬所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」といえる。”
“本件競馬所得は、原告独自のノウハウに基づく予測行為及び馬券購入行為という一連の行為(労務)の対価としての性質を有するから、「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」に該当しない。”
国税庁の主張
“競馬では、いかに周到な準備に基づいて情報の分析を行い、レース結果を予想したとしても、馬券購入者には左右し得ない的中という偶然の事象が発生しなければ払戻金は発生しないから、払戻金の発生は、不確実、不安定であることをその本質とするものであって、およそ継続的、安定的なものではない。”
“また、競馬においては、各レースの結果は相互に影響せず、それぞれの払戻金は完全に別個独立に発生するものであるから、一つの払戻金という収入を発生させた原因行為は、当該的中馬券を購入した個々の行為のみであり、レースの結果払戻金が発生すればそこで完結し、多数回の馬券購入行為を総体的に観察しても、その性質が変わるものではない。”
“したがって、馬券購入行為は、客観的にみて継続的、安定的に収入を発生させ得る行為とはいえないから、「営利を目的とする継続的行為」とはいえず、これによって生じた馬券の的中による払戻金は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」ではなく、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」である。”
“仮に馬券の的中による払戻金が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」になる余地があったとしても、原告と別件当事者とでは、馬券購入行為の態様に相違があるほか、原告が本訴訟において馬券購入行為の態様等を明らかにする客観的な資料の不存在を自認していることからすると、別件当事者の馬券の的中による払戻金とは異なり、原告の本件競馬所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」には当たらない。”
“原告は、本件競馬所得を構成する収入である払戻金の支払者であるJRAに対して何ら役務を提供していないし、そもそも、競馬の払戻金は、購入した馬券が的中することによって生ずるものであるから、本件競馬所得は「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」である。”
東京高裁/両者の主張
納税者の主張
追加主張無し
国税庁の主張
追加主張無し
最高裁/両者の主張
納税者の主張
追加主張無し
国税庁の主張
追加主張無し
■国税庁
国税庁は、前提として、競馬払戻金の発生は、本質的に不確実・不安定であるとし、個々の馬券購入と払戻金を、それぞれ別個の独立した行為という視点で主張を展開。その上で、大阪事件との相違点として、納税者が、馬券購入の記録を残していない点を指摘し、資料の不在により、馬券購入行為の態様を客観的に明らかにできないとした。また、原告は、JRAに対して何ら役務を提供していないことから、非対価性要件も満たすため、よって本件払戻金は、一時所得に該当すると主張した。
■納税者
原告は、1年間のほぼ全てのレースにおいて、独自のノウハウに基づいて着順の予想をし、6年間にわたり、馬券を大量に機械的かつ継続的に購入し、実際に、平成17年から平成22年までの間、多額の利益を上げていたことから、本件競馬所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であと主張。また、原告独自のノウハウに基づく予測行為及び馬券購入行為という一連の行為(労務)には対価性もあるとし、よって、本件払戻金は、雑所得に該当すると主張した。
関連する条文
所得税法
34条(一時所得)
1項
2項
35条(雑所得)
1項
2項
37条(必要経費)
1項
所得税基本通達
34-1(一時所得の例示)
東京地裁/平成27年5月14日判決(増田稔裁判長)/(納税者敗訴)(原告控訴)
“所得税法34条1項及び35条1項の規定からすると、所得税法上、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に該当するところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(別件最高裁判決参照)。”
“しかしながら、所得税法の沿革を見ても、およそ営利を目的とする継続的行為から生じた所得に関し、所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈がされていたとは認められない上、いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては、所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考察すべきであるから、馬券の的中による払戻金の本来的な性質が一時的、偶発的な所得であるとの一事から営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではない(別件最高裁判決参照)。したがって、被告の上記の主張は採用することができない。”
“原告は、自身の判断に基づいて、A-PAT(IPAT方式)により、各節に開催される中央競馬のレースについて、数年間にわたり、各節当たり数百万円から数千万円の馬券を継続的に購入していたところ、その購入代金は、平成17年の後半からは各節当たり数千万円となることがほとんどで、多いときには1億円を超えており、平成17年には総額3億4541万1500円、平成18年には総額6億4613万7500円、平成19年には総額21億7355万8800円、平成20年には総額15億6142万8800円、平成21年には総額14億9462万0600円、平成22年には総額10億4808万6000円、これらの総額として72億6924万3200円となっており(ただし、いずれの金額も返還金に係る馬券の購入代金を含む。)、払戻金の金額も、平成17年には総額3億6416万0850円、平成18年には総額7億
“原告が、数年間にわたって各節に継続して、相当多額の中央競馬の馬券を購入していたことは確かであるが、原告は具体的な馬券の購入を裏付ける資料を保存していないため、実際にどの馬券を購入したのか、どのような数、種類の馬券を購入し
そうすると、本件競馬所得は、結局のところ、個別の馬券が的中したことによる偶発的な利益が集積したにすぎないものであって、営利を目的とする継続的行為から生じた所得に該当するということはできない。”
“別件当事者は、馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げていたということができるところ、別件最高裁判決は、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの別件当事者に係る事実関係の下では、払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした原審の判断は正当であるという判断を示した。”
“そこで、本件競馬所得について検討するに、原告は、本件競馬所得を構成する収入である払戻金の交付者であるJRAに対して何ら役務を提供していない。また、競馬の払戻金は、購入した馬券が的中することによって生ずるものであり、仮に原告が購入する馬券の選択に当たって何らかのノウハウを活用したとしても、それによって必ず払戻金を得られるわけではないから、本件競馬所得は「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」に該当すると認めるのが相当である。”
東京高裁/平成28年4月21日判決(菊池洋一裁判長)/(納税者勝訴)(被控訴人上告)
「営利を目的とする継統的行為から生じた所得」であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であり、馬券の的中による払戻金に係る所得の本来的な性質が一時的、偶発的な所得であるとの一事から「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」には当たらないと解釈すべきではないものと解される(大阪事件最高裁判決参照)。
控訴人は、平成17年から平成22年までの6年間にわたり、多数の中央競馬のレースにおいて、各レースごとに単一又は複数の種類の馬券を購入し続けていたにもかかわらず、上記各年における回収率がいずれも100%を超え、多額の利益を恒常的に得ていたことが認められるのであり、この事実は、控訴人において、期待回収率が100%を超える馬券を有効に選別し得る何らかのノウハウを有していたことを推認させるものである。
そして、このような観点からすれば、控訴人が具体的な馬券の購入を裏付ける資料を保存していないため、具体的な購入馬券を特定することはできないものの、控訴人の陳述をにわかに排斥することは困難であり、控訴人は、その有するノウハウを駆使し、十分に多数のレースにおいて期待回収率が100%を超える馬券の選別に成功したことにより、上記のとおり多額の利益を恒常的に得ることができたものと認められる。したがって、本件競馬所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として、一時所得ではなく雑所得に該当する。
“本件競馬所得が、同法34条1項にいう。「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当するのであれば、一時所得ではなく雑所得に区分されるものと解される。
そして、「営利を目的とする継統的行為から生じた所得」であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当であり、馬券の的中による払戻金に係る所得の本来的な性質が一時的、偶発的な所得であるとの一事から「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」には当たらないと解釈すべきではないものと解される(別件最高裁判決参照)。”
“控訴人は、JRAに登録された全ての競走馬の特徴(潜在能力、距離適性、馬場適性、競馬場適性、道悪の巧拙、器用さ、性格、癖等)、騎手の特徴(馬を動かす技術、馬を制御する技術、コース取りの技術、位置取りのセンス、ゲートを出す技術、勝負強さ、冷静さ、集中力、手抜きの頻度等)、競馬場のコースごとのレース傾向等に関する情報を継続的に収集、蓄積する。そして、その情報を自ら分析して評価し、レースごとに、①馬の能力、②騎手(技術)、③コース適性、④枠順(ゲート番号)、⑤馬場状態への適性、⑥レース展開、⑦これらの補正、⑧その日の馬のコンディション等の考慮要素について各競走馬を評価、比較することにより、レースの着順を予想する。”
“その上で、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当金額(オッズ)の大小との組合せにより自ら定めた購入パターン(A~Dの4つの基本パターンと、更に基本パターンAを細分化した9つの詳細パターン、基本パターンBを細分化した3つの詳細パターンがあり、基本パターンDは馬券の購入を諦めるというもの)に従い、当該レースにおける馬券の購入金額、購入する馬券の種類及び割合等を決定する。馬券購入の回数及び頻度は、運による影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標とし、上記の購入パターンを適宜併用することで年間トータルでの収支がプラスになるように工夫する。”
“中央競馬における馬券の的中による払戻金は、勝馬投票法の種類ごとに、勝馬投票の的中者に対し、重勝式勝馬投票法において加算金がある場合(いわゆるキャリーオーバー)を除いて、その競走についての馬券の売得金の総額よりも少ない金額の払戻対象総額を、当該勝馬に対する各馬券(的中馬券)に按分して交付するものである(この点は、平成17年ないし平成22年当時の競馬法の下においても、同様である。)。
したがって、勝馬投票法の種類ごとの各馬若しくは枠番号又はこれらの組合せのそれぞれの得票率(人気)が当該馬等が勝馬になる確率に等しいと仮定すると、各馬券の購入代金に対する払戻金の期待値の比率(以下「期待回収率」という。)は、その競走についての馬券の売得金の総額に対する払戻対象総額の比率(以下「払戻率」という。)と等しくなり、その値は100%より小さい値となる。
例えば、あるレースの単勝式勝馬投票法の払戻率が80%であり、同投票法によるある馬の得票率が20%であったとすると、その馬の馬券の購入代金に対する当該馬券が的中した時の払戻金の比率(いわゆるオッズ)は400%(4倍。100×0.8÷0.2)となるが、当該馬が勝馬となる確率を得票率と同じ20%と仮定すると、当該馬券の期待回収率は80%(400×0.2)となり払戻率と等しくなる。
“これに対し、全く無作為に又は期待回収率が100%を超える馬券を十分に選別できないままに馬券を購入し続けたとしても、現実の回収率が収束する値は100%に満たない払戻率に近い値にとどまり、恒常的に利益を得ることはできないものと解される。”
最高裁判所/平成29年12月15日判決(菅野博之裁判長)/(納税者勝訴)(棄却)(確定)
“被上告人は、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って馬券を購入することとし、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら、6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けたというのである。このような被上告人の馬券購入の期間、回数、頻度その他の態様に照らせば、被上告人の上記の一連の行為は、継続的行為といえるものである。”
“そして、被上告人は、上記6年間のいずれの年についても年間を通じての収支で利益を得ていた上、その金額も、少ない年で約1800万円、多い年では約2億円に及んでいたというのであるから、上記のような馬券購入の態様に加え、このような利益発生の規模、期間その他の状況等に鑑みると、被上告人は回収率が総体として100%を超えるように馬券を選別して購入し続けてきたといえるのであって、そのような被上告人の上記の一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったということができる。
以上によれば、本件所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として、所得税法35条1項にいう雑所得に当たると解するのが相当である。”
“所得税法は、雑所得に係る総収入金額から控除される必要経費について、雑所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額等とする旨を定めているところ(35条2項2号、37条1項)、本件においては、上記のとおり、被上告人は、偶然性の影響を減殺するために長期間にわたって多数の馬券を頻繁に購入することにより、年間を通じての収支で利益が得られるように継続的に馬券を購入しており、そのような一連の馬券の購入により利益を得るためには、外れ馬券の購入は不可避であったといわざるを得ない。したがって、本件における外れ馬券の購入代金は、雑所得である当たり馬券の払戻金を得るため直接に要した費用として、同法37条1項にいう必要経費に当たると解するのが相当である。”
■地裁では納税者敗訴、高裁に判断がひっくり返り、最高裁も高裁判決を支持し、納税者逆転勝訴が確定、本事案は雑所得認定がなされた。
■いずれの裁判所も、大阪事件の最高裁判決を引用し、「営利を目的とする継統的行為から生じた所得」であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当」とした。
■その上で、東京地裁では、馬券払戻金が本来的に一時的、偶発的な所得であるというだけでただちに営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではないと注意深く判断しつつ、納税者が、馬券購入記録を残していなかったたことから、「網羅的購入」であるかを認めることが出来ず、規模を別とすれば、一般的な馬券愛好家と大きな差があるものとは認められず、結局のところ、レース毎に個別の予想を行って馬券を購入していたというものであって、自動的、機械的に馬券を購入していたとまではいえないため、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」には当たらないとした。
■東京地裁の判決は、納税者が、ソフト等を一切使用せず、「網羅的購入」であったかどうかの記録が十分残されていなかったことから、「非継続性要件」も充足するとして、一時所得に認定した。
■東京高裁は、控訴人が具体的な馬券の購入を裏付ける資料を保存していないため、具体的な購入馬券を特定することはできないものの、控訴人の陳述をにわかに排斥することは困難であり、控訴人は、その有するノウハウを駆使し、十分に多数のレースにおいて期待回収率が100%を超える馬券の選別に成功したことにより、上記のとおり多額の利益を恒常的に得ることができたという実態を重視し、原審を覆し、本件競馬所得は雑所得に該当するとした。
■最高裁も、高裁判決を支持した。本事案の最高裁で、「偶然性の減殺」という言葉が用いられ、以後の馬券事件で引用されることとなった。
認定事実
■中央競馬の概要並びに馬券の発売方法及び払戻金の計算方法
■中央競馬は、その年間開催回数、1回の開催日数、1日の競走回数等が限定されており、年間開催回数は36回以内、1回の開催日数は12日以内、1日の競走回数は12回以内とされているほか、年間の開催日数は288日以内とされている(競馬法3条、競馬法施行規則2条1項。なお、同じ日に複数の競馬場で競馬が開催されている場合でも、別々の開催日として計算される。)。また、中央競馬については、開催の日取りについても制限されており、原則として、日曜日、土曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日又は1月5日から同月7日までの日のいずれかの日からなる日取りと規定されている(競馬法3条、競馬法施行規則2条2項)。
■JRAは、競馬を開催しようとするときは、開催競馬場、開催の日時、各開催日における各競走の番号、種類及び距離並びに開催執務委員の氏名を事前に農林水産大臣に届け出なければならない(日本中央競馬会法施行規則9条1項)。
■馬券の種類
a 単勝式勝馬投票法
b 複勝式勝馬投票法
c 馬番号二連勝単式勝馬投票法
d 馬番号三連勝単式勝馬投票法
e 枠番号二連勝複式勝馬投票法
f 普通馬番号二連勝複式勝馬投票法
g 拡大馬番号二連勝複式勝馬投票法
h 馬番号三連勝複式勝馬投票法
i 五重勝単勝式勝馬投票法
■発売方法
a 場内発売
b 場外発売
c 電話・インターネットによる発売
(b)
(c)
■払戻金の計算方法
b 当該払戻金の額が馬券の券面金額に満たない場合は、その券面金額が払戻金の額とされるため(競馬法8条2項)、JRAが主催する中央競馬において、的中馬券の払戻金が購入金額(倍率1.0倍)を下回ることはない。
c 勝馬投票の的中者がない場合、原則として、その競走についての払戻対象総額を、当該競走における勝馬以外の出走した馬に投票した者に対し、各勝馬投票券にあん分して払戻金として交付するが(競馬法8条3項)、重勝式勝馬投票法(WIN5)について、的中者がない場合は、一定の金額がいわゆるキャリーオーバーされ、払戻金の計算に加算される(同法9条)。
d このように計算された払戻金の総額は、馬券の発売金額の約75%になる。
■原告による馬券の購入及び原告に対する払戻金の交付の状況
■なお、上記の出金額は、原告が馬券の購入代金を口座振替によりJRAに対して出金したものであり、返還金に係る馬券の購入代金を含んでいる。
■平成17年から平成22年までに原告が購入して的中した個々の馬券に係る払戻金の額は不明であるものの、平成17年から平成22年までにおけるJRAとの払戻金の決済に係る本件PAT口座の入金状況は、平成17年には総額3億6416万0850円、平成18年には総額7億0504万3500円、平成19年には総額22億9545万5000円、平成2
■平成17年から平成22年までに原告が競馬によって得た利益は、原告は、平成17年には総額1874万9350円、平成18年には総額5890万6000円、平成19年には総額1億2189万6200円、平成20年には総額1億0545万7180円、平成21年には総額2億0792万2250円、平成22年には総額5565万0500円、これらの総
■A-PATに係る決済は、節ごとの入金額及び出金額が、各節の直後の金融機関営業日に決済口座に記載されるのみで、馬券を購入した競走ごとの入金額及び出金額は記載されない。
■本件PAT口座への入金額には、馬券の払戻金、開催中止、出走取消し又は競走除外により無効となった馬券の購入代金と同額となる返還金が含まれているが、その額は不明である。さらに、原告は、馬券の購入履歴や収支について、帳簿等の作成は行っておらず、何らの資料も保存していないため、個々の競走に係る購入履歴や収支は不明である。
■原告の平成17年分から平成22年分の所得税の申告状況
■原告は、平成22年分の所得税について、法定申告期限(所得税法120条1項、国税通則法10条2項)前の平成23年3月7日、稚内税務署長に対し、本件競馬所得を雑所得として総所得金額及び納付すべき税額を計算し
■本件各処分の経緯
■本件訴えの提起
編集者コメント
馬券事件が再び通達を変えた
■大阪事件に続く、重要な先例判決となった札幌事件である。
■当事案に受けて、平成30年6月、大阪事件に続いて再び所得税基本通達が改正され、現在の形は当時の改正のよるものである。大阪事件を受けて改正された当時は、「ソフトウェアを使用し独自の計算式の基づいて・・・」と、大阪事件の納税者の購入様態をそのまま文字化した通達であったが、札幌事件を受けての改正では、上記の内容に「又は」が加えられ、「予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入するなど、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら多数の馬券を購入し続けることにより、年間を通じての収支で多額の利益を上げ、これらの事実により、回収率が馬券の当該購入行為の期間総体として100%を超えるように馬券を購入し続けてきたことが客観的に明らかな場合の競馬の馬券の払戻金に係る所得は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得として雑所得に該当する。」と、札幌事件を判決そのままをかなり厳密にコピーした内容のみを加えることで、課税の減免の余地をかなり最低限に限定している。
■当事案は、通達を変えた点もさることながら、ソフトウェアを一切使用せず、全て納税者のノウハウと知見のみで、平成17年度は346,411,600円、平成18年度は646,137,500円、平成19年度は2,173,558,800円、平成20年度は1,561,428,800円、平成21年度は1,494,620,600円、平成22年度は1,048,086,000円という巨額な馬券を購入し、さらにそれぞれ、18,749,350円、58,906,000円、121,896,200円、105,457,180円、207,922,250円、55,650,500円と全ての年度で莫大な利益を上げている点で、他の馬券事件とは一線を画して圧倒的で有り、納税者が天才的予想士と呼ばれるゆえんである。
■東京地裁では、馬券払戻金が本来的に一時的、偶発的な所得であるというだけでただちに営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではないと注意深く判示しつつ、納税者がレース毎に個別の予想を行い馬券を購入したことから,、自動的、 機械的に馬券を購入していたとはいえないし、馬券購入記録を残していなかったたことから、「網羅的購入」であるかを認めることが出来ないとした。規模を別とすれば、一般的な馬券愛好家と大きな差があるものとは認められず、結局のところ、レース毎に個別の予想を行って馬券を購入していたというものであって、自動的、機械的に馬券を購入していたとまではいえないため、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」には当たらないと、保守的な判決を下した。「年間を通じた巨額の黒字」という実態よりも、「機械を使わなかった」という購入形態のみで「網羅的購入ではない」すなわち「人の頭脳による恣意性が介入」しているとして、馬券事件の本質からずれた判断を下した。
■この点、東京高裁は、先例判決として特筆すべき、本質をついた果敢な判決を言い渡した。すなわち、納税者が、馬券購入記録を残していないため、個々の馬券の払戻金、開催中止、出走取消し又は競走除外により無効となった馬券の購入代金と同額となる返還金、個々の競走に係る購入履歴や収支は不明ではあるものの、その有するノウハウを駆使し、多数のレースにおいて期待回収率が100%を超える馬券の選別に成功したことにより、多額の利益を恒常的に得ることができたという実態を重視し、原審を覆し、本件競馬所得は雑所得に該当するとした。
残されている課題 網羅的購入とは何であるか
■大阪事件、札幌事件から導き出される、馬券事件の本質は以下である。
①個々の個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入である
②年間収支の黒字が全ての年度で継続(黒字要件と呼ばれるもの)
①かつ②を満たすことで、一時所得と雑所得とをわける「担税力」すなわち「偶然性を減殺した」「蓋然性のある」所得であるという「実態を有する」と判断されるのであろう。
■本事案で、最高裁が用いた「偶然性の減殺」は、馬券事件の本質を貫く表現である。まさに、馬券の払戻金が、一時所得か雑所得かの判定には、偶然性が減殺されているかが全てである。その背景には、担税力の有無で所得区分をした、一時所得と雑所得創設の歴史的な背景が横たわっている。
■馬券事件は判例を蓄積するにつれ、その外延は明確になりつつあるが、それでも、依然曖昧さは残る。すなわち、「網羅的な購入」とはなんたるかである。「網羅的な購入」の定義について、2024年4月現在、裁判所が明確に定義したことはない。「全レースの90%以上ならOK」だとも「70%はだめだ」とも言っていないのである。
■ともあれ、射倖性の強い馬券の払戻金には、その雑所得認定に相当に高いハードルが課されていることは間違いが無い。
重要概念/偶然性の減殺
■最高裁判決は, 継続的行為の判断にあたって, 偶然性の影響を減殺して回収率が100%を超える工夫をしながら,、実際に長期間にわたって利益を上げたことを重視している。 回収率が100%を超えるように馬券購入を続け、客観的にみて利益が上がるものと期待できるので,、営利目的を認めたと考え、これを偶然性の減殺と表現した。
■一般的には、馬券による収入は一時所得となるが、購入方法によっては、馬券による収入が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」となる場合がある。それが本件で最高裁が用いた「偶然性が減殺」された利益発生の規模、期間である。馬券収入の「通常の規則的結果」つまり馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値を、何らかの方法で払戻率(70~80%)ではなく100%を超えるものとすることができれば、そこに継続的源泉があるということができ、一時所得(過去における非課税所得)ではなく、雑所得となる余地がある。
■所得税法の条文の文理から解釈すると、「継続的行為」として馬券を購入することによる収入が客観的な営利性を持つといえる場合に、そのような馬券による収入は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」となり、一時所得ではなく雑所得となると考えられる。そのような場合とは、馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値が100%を超えることが客観的に明らかとなるような購入方法を採った場合である。
統計学的手法から
■統計学的手法からの検討
馬券の購入金額に対する払戻金額の期待値が100%を超えることが客観的に明らかとなるような購入方法があるかということが焦点となったところ、そのような方法があるかにつき、統計学の手法を借りて検討を行う。
■着馬になる確率と単勝オッズの相関
ギャンブルにおける勝敗を考える際に確率論を切り離すことはできない。そしてそこで最初に重要なことは、ある事象が発生する確率を知ることである。
ところが、競馬における馬券の的中確率は、サイコロのような「同様に確からしい確率」として計算することはできない。いうなれば、目の数がどのように配分されているかわからないサイコロを、自分の見えないところで誰かに振られて、自分はその結果だけを知るといったような試行に相当するからである。ここで出てくるような不可知なサイコロの割り付け方に基づく確率を以後、「真の確率」と呼ぶ。
競馬において、この真の確率が分かっているならば、それぞれの確率にオッズをかけて、期待値が1を超えるような馬券をどんどん買っていけばよいのである。しかし、そのようなサイコロは我々に見えないばかりか、サイコロを振る側は、天候状態・距離・馬の能力・騎手などの要因によって、異なったサイコロを使い分けてくる。競馬のレースを確率的事象として見たときの難しさは、真の確率がわからないことに尽きるといっても過言ではないのである。
ただし、何らかの仮定を置くことによって馬券の的中確率を予測することは可能である。ここで、ある仮定に基づいて構築される統計モデルによって計算される確率を「モデルの確率」と呼ぶこととする。モデルの確率は真の確率とは異なるが、統計モデルが状況をよりよく反映しているのであれば、真の確率に近い確率を出力することが期待される。
統計モデルを構築する際に利用可能と思われる仮定の一つが、「単勝馬券の的中確率を単勝馬券の支持率に等しいとする仮定」である。この仮定の妥当性の検証は、複数の研究において行われており、単勝馬券の的中確率が単勝馬券の支持率に等しいとする仮定は第一次近似として採用可能なものであると考えられ、この仮定に従えば、単勝馬券の的中する確率は単勝馬券の支持率から計算可能な量となる。
■大穴バイアス
競馬の馬券市場においては、「本命-大穴バイアス(favorite-longshot bias)」という良く知られた現象がある。これは当たる確率が極めて低い大穴馬券への過剰な人気を指すものである。
この大穴バイアスから考えれば、1着になる確率は低いが配当の高い大穴サイドの馬券は過剰に人気があり、一方、1着になる確率は高いが配当の低い本命サイドの馬券は、実際の客観確率よりも人気が低いということになる。このような歪みがある場合、裁定取引(アービトラージ)によって利益を得るチャンスがあると考えられる。
■モデルの確率と実際のオッズのかい離を利用した馬券購入法
高いオッズがでるほど大穴バイアスが発生し、裁定取引のチャンスが生じることから考えると、勝馬投票法の中でも最も高いオッズが生じる投票法のモデルの確率を検討することが適当であると考えられる。
JRA主催のレースにおいては、一つのレースの結果だけからは払戻額が確定しない重勝式(WIN5)を除けば、3連単(馬番号三連勝単式勝馬投票法)において最も高いオッズが発生する。そこで、3連単において統計モデルを構築して、真の確率に近いモデルの確率を得ることができた場合、実際のオッズと比較して、馬券の的中確率が購入者によって過小評価されている場合を統計学的に抽出できれば、割安な馬券と割高な馬券を分別することができ、回収率の向上を見込めるのである。
■割安と評価できる買い目の網羅的購入
モデルの確率と実際のオッズから各馬券の期待値を求めることができたならば、少なくとも期待値100%以上の馬券を網羅的に購入することによって、継続的な馬券の購入が客観的営利性を持つことになる。
■大数の法則が有効になるだけのレース数の購入
期待値100%以上の馬券を網羅的に購入したとしても、大数の法則によって実際の収益が期待値に収束していかなければ安定的な収入を得ることができる状態になっていないといわざるをえない。そこで、どの程度のレース数が必要かということになるが、大数の法則が有効になるために必要な試行回数というのは一概に言うことはできない。しかし、本稿で紹介した競馬を統計的に分析した論文における検証時に用いられたレース数は、どれだけのレース数を購入すれば大数の法則によって安定的な客観性のある収益になるかという点についての示唆を与えてくれるものと思われる。
■統計学の手法を用いて各馬券の当選確率を十分に高い精度で示すことができるモデルを構築し、そのモデルの確率と締め切り直前の実際のオッズとを用いて払戻金の期待値が100%以上となる馬券が選別でき、各レースにおいて期待値が少なくとも100%以上となる馬券を過不足なく網羅的に購入し、大数の法則が有効になるだけのレース数以上に購入を繰り返すということができた場合には、払戻金額の期待値が100%を超え、雑所得に認定される余地が生まれる。
併せて読みたい/馬券事件(東京事件)
一連の馬券の購入は一体の経済活動の実態を有するものとは認められない(東京高裁 平成28年9月29日判決)
馬主が競馬の当たり馬券の払戻金を事業所得として申告した事件。
大阪事件、札幌事件を受けた、新たな争点の提起である。数億円にも及ぶ馬券購入の規模から、果たして競馬は事業として認められるのかを問題提起した。
“控訴人の一連の馬券の購入は一体の経済活動の実態を有するものとは認められないから、控訴人が大量かつ継続的に馬券を購入したとしても、前記引用の原判決のとおり、一般的な競馬愛好家による馬券購入の範ちゅうに入る通常の馬券購入が大量かつ継続的に行われたにすぎないとみるべきである。”