ホンダ事件
目次
比較対象企業に比較可能性無し
概要
ブラジル連邦共和国における間接子会社である外国法人との国外関連取引は、独立企業間価格の算定に誤りがあるため移転価格税制の課税を行うことはできないとされた事例。
相関図
概要
- ■概要
- ■内向法人である原告が、国外関連者(ブラジル法人)等との間で、自動二輪車の部品等の販売及び技術支援の役務提供を行っていたところ、課税庁が、原告が当該ブラジル法人から支払を受けた対価の額が独立企業間価格に満たないとして、残余利益分割法による移転価格課税処分を行った。
■第一審の東京地裁は、残余利益分割法の適用にあたり、ブラジル法人の通常利益の算定に用いられた比較対象取引に比較可能性が無いとして、課税処分を取り消した。控訴審の東京高裁も、国側の請求を棄却し、納税者勝訴で確定。 - ■裁判所
- 東京地方裁判所 平成26年8月28日判決(増田稔裁判長)(全部取消し)(被告控訴)(納税者勝訴)
東京高等裁判所 平成27年5月13日判決(杉原則彦裁判長)(控訴人国)(控訴人の請求棄却)(確定)(納税者勝訴)
争点
判決
東京地方裁判所
→納税者勝訴
東京高等裁判所
→納税者勝訴
移転価格税制と残余利益分割法
■企業が海外の関連企業との取引価格(移転価格)を通常の価格と異なる金額に設定すれば、一方の利益を他方に移転することが可能となる。
■ 移転価格税制は、このような海外の関連企業との間の取引を通じた所得の海外移転を防止するため、海外の関連企業との取引が、通常の取引価格(独立企業間価格)で行われたものとみなして所得を計算し、課税する制度。
■ わが国の独立企業間価格の算定方法は、OECD移転価格ガイドライン(注)において国際的に認められた方法に沿った次のようなものとなっている。
①基本3法
独立価格比準法(Comparable Uncontrolled Price Method:CUP法)
再販売価格基準法(Resale Price Method:RP法)
原価基準法(Cost Plus Method:CP法)
②その他の方法
利益分割法(Profit Split Method:PS法)
比較利益分割法
寄与度利益分割法
残余利益分割法
ディスカウント・キャッシュ・フロー法(DCF法)
取引単位営業利益法(Transactional Net Margin Method:TNMM法)
(注)OECD移転価格ガイドラインは、適切に各国の課税権を配分し、二重課税を回避することを目的として作成されたものである。具体的には、移転価格の算定方法及び移転価格課税問題の解決方法を示し、税務当局間又は税務当局と多国籍企業との間の紛争を最小化し、企業活動の円滑化に資することを意図している。
■残余利益分割法
利益分割法(PS法:Profit Split Method)の1つである。
利益分割法は、当該取引について、内国法人と国外関連者との利益(粗利や純利益等場合による)を一旦合算したあと、合算後の利益を分割する方法である。利益分割法は、①比較利益分割法、②寄与度利益分割法、③残余利益分割法に分けられる。
①比較利益分割法
同種の取引を行う比較対象企業の利益配分状況を参照して合算後の利益を各関連者に分割する方法。
②寄与度利益分割法
各関連者の利益発生に対する寄与度に応じて利益を分割する方法。
③残余利益分割法
合算後の利益から各関連者の通常の利益(重要な無形資産等を有しない比較対象企業が得ている利益)を控除した残余利益を各当事者の貢献度に応じて分割する方法。
このうち、寄与度利益分割法と残余利益分割法は、比較対象取引が見つからないために、独立価格比準法、再販売価格基準法、原価基準法や、取引営業利益法(TNMM:Transactional Net Margin Method)、比較利益分割法が使えない場合に用いられる方法である。「もしも独立した企業であればどのような取引を行ったか」という仮定(仮想)の上に成り立つ手法であり、利益分割が恣意的になりやすいとの批判がある。
キーワード
■キーワード
移転価格税制、独立企業間価格、基本三法、基本的利益、国外関連者、国外関連取引、自動二輪車、独立企業間価格、マナウス税恩典利益、マナウスフリーゾーン
■重要概念
TPG
東京地裁/両者の主張
納税者の主張
本件各更正等は、独立企業間価格の算定方法の選択、独立企業間価格の算定単位の設定、残余利益分割法の適用における基本的利益の算定、残余利益の分割にそれぞれ瑕疵がある違法なものであるから、取り消されるべきである。
措置法施行令39条の12第8項に定める利益分割法は措置法66条の4第2項1号イないしハ及び2号イに定める基本三法を用いることができない場合に限り用いることができるものであるから、基本三法の適用可能性について合理的な調査を尽くすことなく利益分割法を用いて独立企業間価格の算定をすることは許されない。
ところが、処分行政庁は、基本三法の適用可能性について合理的な調査を尽くさないまま、基本三法の適用可能性がないとし、利益分割法を用いて本件独立企業間価格の算定をしたのであって、処分行政庁による独立企業間価格の算定方法の選択には瑕疵がある。
本件国外関連取引は、原告とB社、原告とE社、原告とF社の間のそれぞれ別個の取引から成り、また、これらの取引は、いずれも完成自動二輪車の販売取引、自動二輪車の部品の販売取引、自動二輪車の製造設備の販売取引、技術支援の役務提供取引という複数の種類の取引から成るところ、これらを一括して独立企業間価格の算定をすることに合理性はないから、本件独立企業間価格は、原告とB社、原告とE社、原告とF社のそれぞれの間のそれぞれの種類の取引ごとに算定しなければならない。
ところが、処分行政庁は、複数の種類の取引を一の取引として本件独立企業間価格の算定をしただけではなく、原告とB社、原告とE社、原告とF社の間のそれぞれ別個の取引を一の取引として本件独立企業間価格の算定をしたのであって、処分行政庁による独立企業間価格の算定単位の設定には瑕疵がある。
措置法通達66の4(4)-5に定める残余利益分割法の基本的利益の算定に当たっては、当該国外関連取引の事業と同種で、市場、事業規模等が類似する法人(重要な無形資産を有する法人を除く。)を比較対象法人として選定し、その事業用資産又は売上高に対する営業利益の割合等で示される利益指標に基づいて基本的利益を計算する。
ところが、次のとおり、処分行政庁は、B社等の比較対象法人を選定するために用いる除外基準としてマナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない法人を除外する基準を設けることなく、B社等の比較対象法人としてB社等との比較可能性を欠くブラジル側比較対象企業を選定する等してブラジル側基本的利益の算定をしたのであって、処分行政庁によるブラジル側基本的利益の算定には瑕疵がある。
マナウス税恩典利益B社等は、マナウスフリーゾーンで事業活動を行い、ブラジル連邦憲法を始めとするブラジル連邦法及びアマゾナス州法の下でマナウス税恩典利益を享受しているものであり、その額は、本件各事業年度において合計約550億円に上る。
B社等の営業利益は、B社等がマナウス税恩典利益を享受することにより、その額だけ増加しているところ、その額は、本件各事業年度のB社等の営業利益の60%以上を占める。マナウス税恩典利益を除外すると、B社等の営業利益は40%以下に落ち込み、営業利益率も低下する。
マナウス税恩典利益は、マナウスフリーゾーンというブラジル連邦憲法で保障された特殊な市場に基因するものであり、マナウスフリーゾーンで事業活動を行う認可企業に付与される政府助成金や補助金といった政府の介入の実質を有し、その享受の有無がB社等及びブラジル側比較対象企業の営業利益ひいては営業利益率に客観的に明らかで重大な影響を及ぼすから、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない企業は、マナウスフリーゾーンで事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受しているB社等との比較可能性を欠く。
B社等の比較対象法人の選定の瑕疵処分行政庁は、B社等の比較対象法人を選定するために用いる除外基準として、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない法人を除外する基準を設けることなく、B社等の比較対象法人として、マナウスフリーゾーンから遠く離れたブラジル南部の工業地帯で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していないブラジル側比較対象企業を選定し、かつ、マナウス税恩典利益の享受の有無についてB社等とブラジル側比較対象企業との差異調整をすることなく、ブラジル側比較対象企業の総費用営業利益率の中位値をブラジル側基本的利益率としてブラジル側基本的利益の算定をしているが、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない企業は、マナウスフリーゾーンで事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受しているB社等との比較可能性を欠くことは、上記のとおりであり、B社等の比較対象法人の選定に当たっては、マナウス税恩典利益の享受の有無をB社等との比較可能性の判断における重要な要素として考慮し、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない法人を除外する基準を設けなければならず、また、そのような企業をB社等の比較対象法人として選定するのであれば、マナウス税恩典利益の享受の有無についてB社等とブラジル側比較対象企業との間の適切な差異調整をしなければならなかった。
処分行政庁がしたブラジル側基本的利益の算定には瑕疵がある。
B社等の比較対象法人の除外基準の設定及び選定の瑕疵処分行政庁がB社等の比較対象法人を選定するために用いた除外基準は、杜撰かつ不合理である。
その基準には、重要な無形資産を有する法人を除外するための項目も、マナウスフリーゾーンと人件費水準が異なる市場で事業活動を行う法人、国外で事業活動を行う法人や輸出割合が大きい法人を除外するための項目も、設定されていない。
事業規模が異なる法人、事業の種類や取扱製品が異なる法人を除外するための項目は、設定されているものの、いずれも、不合理に緩やかであり、B社等との比較可能性を欠く企業を除外することができない。
処分行政庁がしたB社等の比較対象法人の除外基準の設定には瑕疵がある。
処分行政庁がB社等の比較対象法人として実際に選定したブラジル側比較対象企業は、B社等と人件費水準、販売市場、事業規模、事業内容等が異なり、B社等との比較可能性を欠いており、処分行政庁によるB社等の比較対象法人の選定には瑕疵がある。
差異調整の懈怠B社等とブラジル側比較対象企業との間には、人件費水準の差異、販売市場の差異、事業規模の差異、事業内容の差異等多くの差異が存在し、総費用営業利益率に客観的に明らかで重大な影響を及ぼしているにもかかわらず、処分行政庁はこれらについて差異調整をしていない。
利益指標の選定の瑕疵処分行政庁は総費用営業利益率をB社等の利益指標としているが、その基礎となった総費用の中には本件国外関連取引の対価が含まれているのであって、処分行政庁による利益指標の選定には瑕疵がある。
残余利益の分割は、残余利益を当該法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する方法により行わなければならないところ、処分行政庁がした残余利益の分割には、B社等の有する重要な無形資産であるコンソルシオ販売網に係るブラジル側分割要因を選定しておらず、残余利益の発生に寄与した程度を合理的に推測するに足りる要因に応じて分割したということができない等の瑕疵がある。
国税庁の主張
本件各更正等の適法性本件各更正は、原告が国外関連者であるB社等との間で本件国外関連取引を行い支払を受けた対価の額が措置法通達66の4(4)-5の残余利益分割法を用いて算定した本件独立企業間価格に満たないことから、措置法66条の4第1項の規定を適用してされたものであるところ、同項の規定により、本件国外関連取引が本件独立企業間価格で行われたものとみなして、原告の本件各事業年度の所得の金額を計算すると、原告の本件各事業年度の納付すべき税額はこれらの金額はいずれも本件各更正における納付すべき税額を上回るから、本件各更正はいずれも適法である。
また、原告の本件各事業年度の法人税の過少申加算税(ママ)の額は別紙4のとおりであり、これらの金額はいずれも本件各賦課決定における過少申加算税(ママ)の額と同額であるから、本件各賦課決定はいずれも適法である。
移転価格税制移転価格税制は、法人が国外関連者(特殊の関係のある外国法人)との間で行った国外関連取引につき、支払を受ける対価の額(移転価格)が非関連者間で行われる取引において成立する価格(独立企業間価格)に満たない場合、又は支払う対価の額(移転価格)が独立企業間価格を超える場合(いずれも我が国の課税所得が減少する場合)に、当該国外関連取引が独立企業間価格で行われたものとみなして、課税所得を計算するものである(措置法66条の4第1項)。
独立企業間価格独立企業間価格は、支配従属関係のない独立した企業の間において当該国外関連取引と取引条件その他の事情が同一又は類似の状況の下で取引が行われた場合に成立するであろう対価の額であり、その額は、措置法66条の4第2項に定める方法により算定される。
すなわち、独立企業間価格は、独立価格比準法、再販売価格基準法若しくは原価基準法という基本三法又はこれらの方法に準ずる方法その他政令で定める方法のいずれかにより算定される(ただし、基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法は、基本三法を用いることができない場合に限り、用いることができる。)。
措置法施行令39条の12第8項に定める利益分割法は、その他政令で定める方法の一つである。
残余利益分割法残余利益分割法は、措置法施行令39条の12第8項に定める利益分割法(国外関連取引に係る棚卸資産の法人又は国外関連者による購入、製造、販売その他の行為に係る所得が、当該棚卸資産に係るこれらの行為のためにこれらの者が支出した費用の額、使用した固定資産の価額その他これらの者が当該所得の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因に応じて当該法人及び当該国外関連者に帰属するものとして計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法)の一つであって、利益分割法の適用に当たり、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合に、分割対象利益のうち重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益(基本的利益)に相当する金額を当該法人及び国外関連者にそれぞれ配分し、当該配分した金額の残額(残余利益)を当該法人又は国外関連者の有する当該重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する方法により独立企業間価格を算定するものである〔措置法通達66の4(4)-5〕。
法人又は国外関連者が重要な無形資産を有しており、それが貢献して生み出された利益がある場合には、その貢献による利益を区分しないまま人件費等の費用の額、投下資本等の額等を分割要因として分割対象利益を配分すると、法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の貢献により獲得した利益があるにもかかわらず、その貢献度が分割対象利益の配分に反映されないため、必ずしも合理的な配分ということができない。
残余利益分割法は、第1段階で重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益に相当する金額(基本的利益)を配分し、第2段階で配分した金額の残額(残余利益)を当該重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分することにより、重要な無形資産の貢献を分割要因に反映することができる点で合理的な算定方法である。
残余利益分割法の適用に当たり、当該重要な無形資産の価値による配分を当該重要な無形資産の開発のために支出した費用等の額により行っている場合には、合理的な配分として認められる〔措置法通達66の4(4)-5の注〕。
本件国外関連取引の概要本件国外関連取引は、原告とB社等との間の完成自動二輪車の販売取引、自動二輪車の部品の販売取引、自動二輪車の製造設備の販売取引、技術支援の役務提供取引に加えて、重要な無形資産の使用に係る取引から成るものであるところ、ここに技術支援の役務提供取引及び重要な無形資産の使用に係る取引とは、原告が、B社等の要請を受けて、B社等の現調化、新機種製造管理計画等を支援するため、B社等に対し、B社等の工場に原告又は設備メーカーの技術者を派遣して技術指導の役務を提供するとともに、それにより、B社等に対し、自動二輪車の製造及び販売に関する技術情報、部品及び製造設備の供給メーカー網を含む量産体制の確立及び生産体質の改革に関するノウハウを提供し、B社等がこれらの情報を使用して本件製品を製造及び販売し、原告の商標、ブランド等の市場に関する無形資産を使用することを許諾するものである。
そして、原告とB社等は、ブラジルにおいてはロイヤルティの支払に関する規制が行われていることを踏まえて、ロイヤルティの収受を行っていなかった。
本件国外関連取引に係る重要な無形資産本件国外関連取引においては、B社の販売シェアの獲得、原告の研究開発活動、H及びIの市場調査、原告のB社等に対する技術者派遣による技術支援、原告のB社等に対する技術援助の委託、B社等の生産体制の確立、B社の販売網という、原告及びB社等の各自の企業活動により、原告については、① 知的財産権及びデザイン、図面、基準、設計書その他自動二輪車の製造及び販売に関する技術情報、②部品及び製造設備の供給メーカー網を含む量産体制の確立及び生産体質の改革に関するノウハウ、③ 本件製品及び原告のブランドが、B社等については、④ ブラジル向け製品を具現化するための量産体制の確立と生産体質の改革に関する製造設備及び工作工程の設計改良のノウハウ、⑤ コスト削減を実現するための内製化及び現調化の推進に関するブラジル固有のノウハウ、⑥ 本件製品のイメージを普及させるためのノウハウが、それぞれ形成、維持又は発展され、これらが原告及びB社等の有する重要な無形資産として本件国外関連取引による利益の源泉となった。
処分行政庁は、本件国外関連取引について合理的な調査を尽くしたが、本件国外関連取引を個別の取引とみても、一の取引とみても、比較可能性が担保された比較対象取引を把握することができず、基本三法を用いることができなかった。そこで、その他政令で定める方法の適用を検討すると、利益分割法のうち残余利益分割法の適用が最適である。
すなわち、原告及びB社等は、上の無形資産を総合的に活用することにより、ブラジルの自動二輪車市場において圧倒的な販売シェアを有するに至っているのであり、原告及びB社等の有する重要な無形資産が利益の獲得に寄与している点に着目すると、本件国外関連取引については、利益分割法のうち重要な無形資産の価値に応じて残余利益を合理的に配分する残余利益分割法を適用して独立企業間価格を算定することが最適である。
独立企業間価格の算定は、原則として個別の取引ごとに行われるが、複数の取引を個別的に評価するよりも一の取引とみて評価する方が合理的である場合には、例外的に複数の取引を一の取引とみて独立企業間価格を算定することができる〔措置法通達66の4(3)-1〕。
本件国外関連取引は、B社等の自動二輪車の製造及び販売に係る一体の取引であり、相互に重要な無形資産が寄与しているから、無形資産の寄与する範囲で一体とみて残余利益分割法を適用するのが合理的である。
また、原告がB社等に輸出する自動二輪車の部品等は、それ自体が市場で評価されるものではなく、B社等が製造した自動二輪車を販売して初めて市場で評価されるものであるから、本件国外関連取引を、原告及びB社等のブラジルにおける自動二輪車の製造及び販売事業とみて、原告とB社等は、その業務を分担しているものにすぎないとすることには、合理性がある。
したがって、本件国外関連取引は、各取引を個別的に評価するよりも一の取引とみて評価する方が合理的であり、一の取引とみて本件独立企業間価格を算定することができる。
本件国外関連取引に係る分割対象利益の算出利益分割法は、国外関連取引に係る棚卸資産の法人又は国外関連者による購入、製造、販売その他の行為に係る所得が、当該棚卸資産に係るこれらの行為のためにこれらの者が支出した費用の額、使用した固定資産の価額その他これらの者が当該所得の発生に寄与した程度を推測するに足りる要因に応じて当該法人及び当該国外関連者に帰属するものとして計算した金額をもって当該国外関連取引の対価の額とする方法であり、分割対象利益は、国外関連取引に係る棚卸資産の販売等により法人及び国外関連者に生じた営業利益の合計額である〔措置法通達66の4(4)-1〕から、利益分割法を用いて本件独立企業間価格を算定するに当たり、分割対象利益は、本件各事業年度及びB社各事業年度(本件各事業年度に対応するB社等の各事業年度)ごとの本件国外関連取引に係る原告及びB社等の営業利益の合計額となる。
本件国外関連取引に係る原告の本件各事業年度の営業利益の額は、原告のB社等に対する売上高から当該売上高に係る売上原価、販売費及び一般管理費その他の営業費用、委託研究費を控除した金額である(別表2の1「原告の営業利益の算出」)。
B社等のB社各事業年度の営業利益の額は、売上高から売上原価、販売費及び一般管理費を控除した金額に、営業外費用として会計処理されている売掛金及び買掛金に係る為替差損益を加算し、又は減算し、これにより算出された金額を電信売買相場の仲値の年中平均値によって円に換算した金額である。
基本的利益の算定方法残余利益分割法は、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合に、分割対象利益のうち、重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益(基本的利益)に相当する金額を法人及び国外関連者に配分し、残額(残余利益)を法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分することにより、独立企業間価格を算定するものであるところ、基本的利益の額は、国外関連取引の事業と同種で、市場、事業規模等が類似する法人(重要な無形資産を有する法人を除く。)の事業用資産又は売上高に対する営業利益の割合等で示される利益指標に基づいて計算する。
すなわち、基本的利益は、まず、検証対象法人と類似する重要な無形資産を有しない法人(比較対象法人)を選定し、次に、その事業用資産又は売上高に対する営業利益の割合等で示される利益指標を算出し、その利益指標に基づいて算定するものである。
原告及びB社等の本件各事業年度又はB社各事業年度の基本的利益の額は、次のbのとおり、本件国外関連取引に係る原告の事業と比較可能な日本企業及びB社等の事業と比較可能なブラジル企業を選定し、次のcのとおり算定した金額である。
比較対象法人の選定原告の基本的利益の算定の基礎となる原告の比較対象法人として、原告の事業と同種の日本企業を抽出し、公開情報に基づき、①年売上高が50億円以下の企業であること、② 売上高に対する研究開発費の割合が3%を超える企業であること、③ 資本関係が20%以上の関係会社との取引が20%以上を占める企業であること、④ 3年以上連続した財務情報を入手することができないか又は現在稼動していない企業であること、⑤ 製造機能が50%未満の企業であることという条件のいずれかに該当する企業を除外して、39社を選定した。
また、B社等の基本的利益の算定の基礎となるB社等の比較対象法人として、B社等の事業と同種のブラジル企業を抽出し、公開情報に基づき、① 二輪車又は四輪車に関連しない事業が50%以上の企業であること、② 年売上高が2500万ドル以下の企業であること、③ 3年以上連続した財務情報を入手することができない企業であること、④ アフターマーケット向けの製品に係る売上高が50%以上の企業であること、⑤ 関連会社との取引が売上げ又は総費用の50%以上の企業であること、⑥ 営業利益率がマイナスで債務超過の状態にあることから継続性に問題がある企業であることという条件のいずれかに該当する企業を除外して、8社を選定した。
基本的利益の算定原告の基本的利益について、日本側比較対象企業の本件各事業年度に最も近接する事業年度ごとの総費用営業利益率(総費用に対する営業利益の割合)を算出し、その中位値を日本側基本的利益率とする。
そして、本件国外関連取引に係る原告の本件各事業年度の総費用、その他の営業費用、委託研究費の額から原告が重要な無形資産の開発のために支出した費用等の額を控除し、この控除後の金額に日本側基本的利益率を乗ずると、原告の基本的利益の額は、別表2の4「原告の基本的利益及びB社の基本的利益の算定」の原告欄記載の金額となる。
また、B社等の基本的利益について、ブラジル側比較対象企業のB社各事業年度に最も近接する事業年度ごとの総費用営業利益率を算出し、その中位値をブラジル側基本的利益率とする。
そして、B社等のB社各事業年度の総費用の額からB社等が重要な無形資産の開発のために支出した費用等の額を控除し、この控除後の金額にブラジル側基本的利益率を乗ずると、B社等の基本的利益の額は、別表2の4「原告の基本的利益及びB社の基本的利益の算定」のB社欄記載の金額となる。
残余利益の算定残余利益の額は、分割対象利益のうち基本的利益に相当する金額を法人及び国外関連者に配分した残額である。したがって、本件国外関連取引における残余利益の額は、本件各事業年度及びB社各事業年度ごとに、上記で算出した分割対象利益の額から上記で算定した原告の基本的利益の額及びB社等の基本的利益の額を控除した額となる。
残余利益の分割比率の算出方法残余利益の分割は、法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の価値に応じて合理的に行うものであり、重要な無形資産の価値による配分を当該重要な無形資産の開発のために支出した費用等の額により行っている場合には、合理的な配分として認められるところ、法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の価値については、当該無形資産の法的な所有関係のみならず、それを形成、維持又は発展させるための活動において法人又は国外関連者の行った貢献の程度をも勘案する必要がある。
分割比率の算出の基礎となる原告の支出額本件各事業年度ごとに、上記の残余利益の額を、原告又はB社等の有する重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分するため、原告又はB社等が重要な無形資産の開発のために支出した費用等の額についてみると、原告が支出した額は、本件国外関連取引に係る原告の本件各事業年度の総費用、その他の営業費用、委託研究費の額のうち、① ブラジル向け研究開発費(イネの遺伝子研究費用等及びKの開発費を含む。)、② ブラジル向けプロジェクト費用及び技術指導料(L社向けプロジェクト費用及び技術者派遣による技術支援の費用を含む。)、③ 提携部品メーカーへの支払ロイヤルティの合計額である。
分割比率の算出の基礎となるB社等の支出額B社各事業年度ごとに、上記aの残余利益の額を、原告又はB社等の有する重要な無形資産の価値に応じで合理的に配分するため、原告又はB社等が重要な無形資産の開発のために支出した費用等の額についてみると、B社等が支出した額は、B社等のB社各事業年度の総費用の額のうち、① 新機種導入時の量産体制確立の費用、② 生産性向上の費用、③ 新規ディーラー開拓及びディーラー育成の費用、④ 広告宣伝費の合計額である。
独立企業間価格の算定本件独立企業間価格は、本件各事業年度ごとに、本件国外関連取引の対価の額に、上記の原告の基本的利益の額と上記の原告に配分すべき残余利益の額との合計額から上記の原告の営業利益の額を控除した後の金額を加えた金額である。
所得移転額の計算本件国外関連取引に係るB社等への所得移転額は、本件独立企業間価格から本件国外関連取引の対価の額を差し引いた金額であり、平成10年3月期について75億8414万5012円、平成11年3月期について69億2863万3860円、平成13年3月期について32億1717万3066円、平成14年3月期について49億3554万7134円、平成15年3月期について37億8983万8304円である。
東京高裁/両者の主張
納税者の主張
控訴人の上記①の補充主張は、おおむね原審でした主張の繰り返しにすぎず、理由がない。
控訴人の予備的主張1及び2は、違法な理由の差し替えに該当するものであって許されない。
残余利益分割法において、検証対象取引と比較対象取引との間に差異がない旨の主張と、差異が存在するが調整することができるとの主張は、異なる課税要件事実に係るものであり、基本的な課税要件事実の同一性があるとはいえない。
被控訴人は青色申告書による申告の承認を受けた法人であり、課税処分の具体的根拠の開示を受けて、不服申立ての便宜が図られるという手続的な権利を保障されているところ、このような理由の差し替えは、上記手続的権利の保障の趣旨を没却するから、許されるべきではない。
予備的主張1に係る差異調整は不適切なものである。すなわち、控訴人の主張する差異調整は、B社等の全体の総費用及び営業利益について、すなわち、重要な無形資産の寄与に係る残余利益に係るものも含めて算定したB社等の総費用営業利益率を算定してなされている。これでは、重要な無形資産を持たないブラジル側比較対象企業の基本的利益についての適切な差異調整たり得ない。
また、控訴人が用いた物流コスト等の費用の証拠は、物流コスト等の影響を考慮してもマナウス税恩典利益の影響が大きいことを証明するために保守的に(被控訴人に不利に)算定された内容のものであり、適切な差異調整に用いることができるほど精密なものではない。
予備的主張2についても、被控訴人の原審における主張は、マナウス税恩典利益がブラジル側比較対象企業の比較可能性を否定することの論証のためにしたものにすぎない。また、控訴人は、被控訴人が上記論証で加味した物流コスト等や人件費の較差について適切な差異調整を行っていない。
国税庁の主張
残余利益分割法の基本的利益の額の算定における検証対象法人と比較対象法人との間の事業活動を行う市場の類似性の判断は、総費用営業利益率に基づき行われるべきところ、マナウス税恩典利益の享受の有無は、総費用営業利益率に重要な影響を与えるものではない。
仮に与えているとしても、重要な無形資産の寄与によるところが大きいものである。
したがって、マナウス税恩典利益の享受は、本件におけるB社等と本件のブラジル側比較対象企業との間の市場の類似性を否定するものではない。
原判決は、要旨以下のとおり判示する。マナウス税恩典利益を享受する法人は、その輸入税(連邦税)及びICMS(州税)の負担が減免され、それにより売上原価が低減して、利益を増大させることができる。
そうするとマナウス税恩典利益を享受している検証対象法人と、マナウス税恩典利益を享受していない比較対象法人とでは、市場の類似性はない。
本件でも、マナウス税恩典利益の享受がB社等の営業利益に大きな影響を及ぼしたことは明らかであるのに対し、控訴人がブラジル側比較対象法人としたブラジル側比較対象企業は、いずれもマナウスフリーゾーン外で事業をしており、マナウス税恩典利益を享受していないのであるから、両者の間に市場の類似性はなく、B社等との比較可能性を欠く。
控訴人が、そのことについて何らの差異調整をしないまま、ブラジル側比較対象企業に基づきブラジル側基本的利益を算定し、本件独立企業間価格を算定したことは誤りである。
しかし、上記判断には誤りがある。まず、残余利益分割法は、基本三法が使えない場合に適用される最後の手段(ラストリゾート)であるから(措置法66条の4第2項1号ニ及び2号ロ)、その基本的利益の算定において、比較対象法人に求められる比較可能性の程度は、基本三法におけるそれより緩やかなものであり、検証対象法人と比較対象法人との間の市場の類似性を否定する理由となる差異は、比較の信頼性に重要な影響を与えることが客観的に明らかな差異に限られるべきである。
基本的利益の額の算定上、事業活動を行う市場の類似性の判断は、マナウス税恩典の利益の多寡や営業利益に占める割合ではなく、総費用営業利益率で判断すべきである。
そして、以下の理由から、マナウス税恩典は、ブラジル側比較対象企業の総費用営業利益率に重要な影響を与えることが明らかであるとはいえない。
マナウス税恩典は、輸入税やICMSの減免により売上原価の低減をもたらすものの、その低減額は、部品の輸入割合の多寡や、アマゾナス州以外の州からの部品や原材料の購入額の多寡といったような事業形態等により大きく異なるものである。(イ) マナウス税恩典は、各種拠出金等の支出を伴う。
また、マナウスはブラジル北部の、アマゾンの奥地にあり、主要な大都市が集中するブラジル南東部はもちろん、ブラジル第3の人口を有する都市のある北東部からも遠隔の地にあって、マナウスフリーゾーンで操業することにより物流コスト及び保険料(物流コスト等)の増加がもたらされる。
これは総費用営業利益率を低下させる。
B社等の物流コスト等の割合が高くないとしても、それは事業規模が大きいため大量輸送により費用効率が高められたためであり、重要な無形資産を有さず、一定の事業規模を達成できない法人には当てはまらない。
マナウス税恩典利益を享受する企業は、中長期的な視点から、通常、市場シェアの拡大や維持を目指すという目的で、それを販売価格の低減に用いることが合理的に予測される。
すなわち、マナウス税恩典利益は消費者に移転されることになり、これも総費用営業利益率を低下させる要素となる。
現に、マナウス税恩典利益を享受している企業の最終製品は、そうでない企業の製品より約3割は安いとされている。
マナウス税恩典利益は事業規模に応じて増加するものであることから、現にB社等も、インフレーションが進む中でも販売価格を据え置くなどして、本件製品の販売量を増加させる事業戦略を採用してきた。
控訴人が現実に調査したところによると、マナウスフリーゾーン内に所在する法人であっても、その総費用営業利益率が、マナウスフリーゾーン外の法人のそれを常に下回っている例があることが判明した。
また、マナウスフリーゾーン内に所在する各法人において、法人ごと、事業年度ごとに総費用営業利益率は千差万別であり、規則的な影響はなかった。
さらに、マナウスフリーゾーン内に所在する法人と、そうでない法人との間で、それぞれの総費用営業利益率の中位値の較差もわずかであった。
仮に、マナウス税恩典が総費用営業利益率に重要な影響を与えているとしたら、それは、重要な無形資産の寄与によるものであり、基本的利益の算定における検証対象法人と比較対象法人との間の市場の類似性を否定するものではない。
すなわち、マナウス税恩典利益の多寡は、その仕組みから事業の規模と正の相関関係にあるところ、重要な無形資産を有しない法人の製品が、短期的にはともかく、長期にわたって市場からの支持を受けて事業の規模を拡大維持することはできない。
重要な無形資産こそが、事業の規模を拡大維持させ、享受するマナウス税恩典利益を増加させ、もって総費用営業利益率の向上に重要な影響を与えるものである。
現に、マナウス税恩典利益を受けて自動二輪車市場で事業を行い、かつ重要な無形資産を有しない企業の1つは、平成17年から販売台数及び販売シェアを急速に伸ばしたものの、平成21年には大幅に販売台数が落ち(ただしこの年は自動二輪車の総生産台数が大幅に減少している。)、自動二輪車の総生産台数が増加傾向になった後も同社は販売台数を減らしたという事実がある。
以上のとおり、重要な無形資産の存在が、マナウス税恩典利益の拡大、ひいては総費用営業利益率の向上に重要な影響を与えている以上、マナウス税恩典利益は、残余利益分割法の性質上残余利益として観念すべきであり、その反面、マナウス税恩典利益を基本的利益の算定において考慮して、検証対象法人と比較対象法人との間の市場の類似性を否定することは相当でない。
② 当審における予備的主張1及び2上記①のとおり、本件においてマナウス税恩典利益の享受の有無につき差異調整をする必要はない。
しかし、控訴人は、予備的に、以下のとおり総費用営業利益率の差について差異調整をするなどした上での、本件各更正等の一部取消しの主張をする。
予備的主張その1
マナウス税恩典利益の影響を受けている状態のB社等の総費用営業利益率(X)と、そうでない状態の総費用営業利益率(Y)から、マナウス税恩典利益がB社等の総費用営業利益率に与えている影響度(Z)を求める。
Xは、B社等の営業利益(=売上-総費用)を、総費用(=原価+販売管理費)で除した数値である。
Yは、上記の「(営業利益=売上-総費用)/(総費用=原価+販売管理費)」の数式において、売上に関しては、その増加要因としてICMS税額免除及びICMS税減免があり、低減要因として各種拠出金等(FMPE等)があり、また、原価において、その増加要因として物流コスト等があり、低減要因としてICMSみなし仕入税額控除及び輸入税の軽減があるので、これらの影響を排除して計算した数値となる。Zは、XをYで除した数値とする。
このZを、マナウス税恩典利益を受けていない状態である本件のブラジル側基本的利益率に乗じると、マナウス税恩典利益を受けている状態のブラジル側基本的利益率となる。
この差異調整後のブラジル側基本的利益率に、B社等の総費用から重要な無形資産の価値の指標となる費用の額を控除した額を掛け合わせると、差異調整後のB社等の基本的利益の額が算出される。
以上に基づき計算すると、原判決主文第1項ないし第4項は、前記第1の「予備的その1」のとおり変更されるべきである。
予備的主張その2
仮に、被控訴人が原審で主張する、マナウス税恩典利益の全額を、ブラジル側基本的利益の額に加算する方法(なお、これは、残余利益分割法における差異調整として法令の規定に整合しないものである。)を採用したとしても、前記第1の「予備的その2」のとおり、原判決は一部変更されることになる。
課税処分取消訴訟の訴訟物は処分の違法性一般であり、当該課税処分によって確定した税額(租税債務)が、総額において租税実体法によって客観的に定まっている税額を超えていないか否かを審理の対象とするものであって、処分時と異なる理由を控訴人が主張しても、処分の同一性は失われず、青色申告者に対する更正処分に更正の理由の付記を求めた法(法人税法130条2項、所得税法155条2項)の趣旨に反しない理由の差し替えは認められる。
本件でも、残余利益分割法を採用していること、比較対象法人として、同一のブラジル側比較対象企業を用いていることには変わりなく、予備的主張1及び2で控訴人が主張した事実関係は、本件各更正等における事実(ブラジル側比較対象企業の基本的利益の額の算定)と直接関係する、いわば本件各更正等の延長上にある。
また、いずれも、「国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないこと」という同一の課税要件事実に係るものである。
さらに、予備的主張1及び2は、差異調整をすべきであるという被控訴人の各主張に対応するものである。
よって、控訴人の予備的主張1及び2は、理由付記を求めた法の趣旨を害さず、適法な理由の差し替えとして許容されるべきものである。
両者の主張まとめ
- 国税庁
- ■処分行政庁は、本件国外関連取引について合理的な調査を尽くしたが、本件国外関連取引を個別の取引とみても、一の取引とみても、比較可能性が担保された比較対象取引を把握することができず、基本三法を用いることができなかった。そこで、その他政令で定める方法の適用を検討すると、利益分割法のうち残余利益分割法の適用が最適である。
■すなわち、原告及びB社等は、無形資産を総合的に活用することにより、ブラジルの自動二輪車市場において圧倒的な販売シェアを有するに至っているのであり、利益分割法のうち重要な無形資産の価値に応じて残余利益を合理的に配分する残余利益分割法を適用して独立企業間価格を算定することが最適である。 - 納税者
- ■処分行政庁は、基本三法の適用可能性について合理的な調査を尽くさないまま、基本三法の適用可能性がないとし、利益分割法を用いて本件独立企業間価格の算定をしたのであって、処分行政庁による独立企業間価格の算定方法の選択には瑕疵がある。
■処分行政庁は、B社等の比較対象法人を選定するために用いる除外基準としてマナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない法人を除外する基準を設けることなく、B社等の比較対象法人としてB社等との比較可能性を欠くブラジル側比較対象企業を選定する等してブラジル側基本的利益の算定をしたのであって、処分行政庁によるブラジル側基本的利益の算定には瑕疵がある。
関連する条文
租税特別措置法
租税特別措置法施行令
※ただし、平成10年3月期、平成11年3月期及び平成13年3月期については平成13年政令第141号による改正前のもの、平成14年3月期及び平成15年3月期については平成16年政令第105号による改正前のもの。
東京地裁/平成26年8月28日判決(増田稔裁判長)/(全部取消し)(被告控訴)(納税者勝訴)
基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法は、基本三法を用いることができない場合に限り、用いることができるものである(基本三法優先の原則。措置法66条の4第2項1号括弧書き及び2号括弧書き)ところ、基本三法を用いることができないことについては、被告(国)が主張立証責任を負うが、被告(国)において、処分行政庁が合理的な調査を尽くしたにもかかわらず基本三法を用いることができなかった旨を主張立証した場合には、基本三法を用いることができないことが事実上推定され、原告(納税者)において、この推定を覆すに足りる主張立証をする必要が生ずることは、上記のとおりである。
まず、基本三法の適用可能性の有無の判断に当たり本件国外関連取引をどのような単位でみるかについて検討するに、基本三法の適用可能性の有無の判断は、基本三法を適用して独立企業間価格の算定をすることができるか否かについての判断であるから、基本三法の適用可能性の有無の判断に当たり国外関連取引をどのような単位でみるかは、独立企業間価格の算定に当たり当該国外関連取引をどのような単位でみるかという問題にほかならない。
そして、独立企業間価格の算定に当たり国外関連取引をどのような単位でみるかという点について明示的に規定した法令の定めはないところ、措置法通達66の4(3)-1は、独立企業間価格の算定は、原則として、個別の取引ごとに行うのであるが、例えば、次に掲げる場合には、これらの取引を一の取引として独立企業間価格を算定することができるとした上、国外関連取引について、同一の製品グループに属する取引、同一の事業セグメントに属する取引等を考慮して価格設定が行われており、独立企業間価格についてもこれらの単位で算定することが合理的であると認められる場合、及び、国外関連取引について、生産用部品の販売取引と当該生産用部品に係る製造ノウハウの使用許諾取引等が一体として行われており、独立企業間価格についても一体として算定することが合理的であると認められる場合を掲げている。
独立企業間価格とは、当該国外関連取引が特殊の関係にない者(非関連者)の間で同様の状況の下で行われた場合に成立するであろう合意に係る価格をいうものであるところ、棚卸資産の販売価格の設定は、個別の取引ごとに行われるのが通常であるから、独立企業間価格の算定は、原則として、個別の取引ごとに行うべきものである。
しかし、措置法通達66の4(3)-1が掲げるように、複数の取引のそれぞれに係る棚卸資産の販売価格の設定が、各取引ごとに独立して行われるのではなく、それぞれの取引の関連性を考慮して行われるような場合や、複数の取引が、その目的、取引内容、取引数量等からみて、一体として行われているような場合には、複数の取引を一の取引として独立企業間価格の算定を行うことが合理的である。
したがって、このような場合には、独立企業間価格の算定は複数の取引を一の取引として行うのが相当であり、このことは取引の当事者が複数の国外関連者に跨がっている場合においても異なるものではないというべきである。
これを本件についてみると、上記の認定事実によれば、本件国外関連取引のうち、① 完成自動二輪車の販売取引は、B社の自動二輪車の販売機能を高めるため、自動二輪車の部品の販売取引に附随して行われた取引、② 自動二輪車の部品の販売取引のうち、組立部品の販売取引はB社に自動二輪車の製造機能を果たさせるため、補修部品の販売取引はB社に自動二輪車の販売機能を果たさせるため、それぞれ行われた取引であると解され、また、③ 自動二輪車の製造設備等の販売取引は、B社及びE社に自動二輪車又はその部品の製造機能を果たさせるため、自動二輪車の部品の販売取引に附随して行われた取引、④ 技術支援の役務提供取引は、B社等に自動二輪車の製造機能等を果たさせ又はその機能を高めるため、自動二輪車の部品の販売取引に附随して行われた取引、⑤ 無形資産の使用に係る取引は、B社等に自動二輪車の製造機能等を果たさせ、その機能を高め又はB社に自動二輪車の販売機能を果たさせるため、自動二輪車の部品の販売取引に附随して行われた取引であると解されるのであって、さらに、⑥ E社及びF社は、いずれも、B社の子会社であり、かつ、B社の自動二輪車の製造機能を補完する機能を果たしているものであることをも併せ考えると、本件国外関連取引は、原告とB社との間の自動二輪車の組立部品の販売取引を主要部分として、付随的に、原告とB社等との間の完成自動二輪車の販売取引、自動二輪車の補修部品の販売取引、自動二輪車の製造設備等の販売取引、技術支援の役務提供取引及び無形資産の使用に係る取引を組み合わせて構成され、E社及びF社との取引を含めて一体として行われたものであるということができる。
そうすると、本件国外関連取引については、E社及びF社との取引を含めて一の取引とみて独立企業間価格を算定するのが相当である。
そこで、本件国外関連取引を一の取引とみて基本三法を適用して独立企業間価格を算定することができるか否かについて検討するに、上記の認定事実によれば、本件調査担当者は、ウェブサイト及び書籍の閲覧による公開情報の調査、原告に対する資料の提示又は提出の求め及び措置法66条の4第9項の規定に基づく原告の同業他社からの情報収集を行い、合理的な調査を尽くしたが、それにもかかわらず、本件国外関連取引を一の取引とみても、個別の取引とみても、これと比較可能な比較対象取引を把握することができず、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定について基本三法を用いることができなかったと認めることができる。
そうであるとすると、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定については、基本三法を用いることができないことが事実上推定され、かつ、この推定を覆すに足りる事情は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。
したがって、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定については、基本三法を用いることができないということができるから、措置法66条の4第2項1号ニ及び2号ロに定める基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法を用いることができるというべきである。
次に、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定については、措置法66条の4第2項1号ニ及び2号ロに定める基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法のうち、いずれの算定方法を用いるのが相当であるかについて検討するに、残余利益分割法は、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合に適用されるものであることは、上記のとおりであるところ、① B社各事業年度中、B社がブラジルの自動二輪車市場において約90%にも及ぶ極めて高い販売シェアを有していたことは、上記のとおりであり、その間、B社等は多額の営業利益を得ていたことに加えて、② 原告は、本件各事業年度において、B社等に対し、自動二輪車の製造及び販売に関する技術情報、部品及び製造設備の供給メーカー網を含む量産体制の確立及び生産体質の改革に関するノウハウを供与し、原告の商標、ブランド等の市場に関する無形資産の使用を許諾していたこと、及び、③ B社等も、原告から供与された技術情報、ノウハウ等を用いて、M等の自動二輪車に改良を加え、その量産体制を確立するとともに、生産体質を改善する過程で、自動二輪車の製造に関する独自の技術、ノウハウを形成し、維持、発展させ、原告の商標、ブランド等の市場に関する無形資産を使用して、事業活動を行っていたのであって、B社の販売網は、数百店を超える数多くのディーラー及び各ディーラーが雇用し又は委託契約を締結しているコンソルシオ販売員によるコンソルシオ販売網によりブラジルの大部分をカバーしていたことをも併せ考えると、原告及びB社等は、本件各事業年度において、いずれも、重要な無形資産を有し、その貢献により重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益(基本的利益)を超える利益(超過利益)を得ていたと認めることができる。
したがって、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定については、基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法のうち、残余利益分割法を用いて行うのが最も適切であるというべきである。
そして、上記によれば、残余利益分割法を適用するに当たっては、E社及びF社との取引を含めて本件国外関連取引を一の取引とみて独立企業間価格を算定するのが相当である。
基本的利益の算定方法について基本的利益、すなわち、重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益に相当する金額は、例えば、当該国外関連取引(検証対象取引)の事業と同種の事業を営み、市場、事業規模等が類似する法人(重要な無形資産を有する法人を除く。)の事業用資産又は売上高に対する営業利益の割合等で示される利益指標に基づいて算定されるものであり(事務運営指針3-3)、そのようにして基本的利益の算定をする場合において、ある非関連者たる法人を比較対象法人として選定するためには、当該法人が当該国外関連取引の事業と同種の事業を営み、市場、事業規模等が類似するものであり(比較可能性)、かつ、重要な無形資産を有する法人ではないことが、その要件となることは、上記のとおりである。
B社等の比較対象法人の選定について処分行政庁は、① B社等の事業と同種の事業を営み、市場、事業規模等が類似する法人で重要な無形資産を有しないものとして、市販のデータベースであるBUREAU VAN DIJK社の「OSIRIS」、MERGENT社の「MERGENT ONLINE」及びレクシス-ネクシス ジャパン株式会社の「LEXIS・NEXIS」に掲載されているブラジル企業のうち米国標準産業分類コードが3713、3714及び3751である二輪及び四輪車並びにその関係製品を製造しているものの中から、公開情報等に基づいて、次のアないしカの条件のいずれかに該当する企業を除外し、財務情報を確認した上、8社(a、b、d、e、f、g、h、i)を選定し、② それらのB社各事業年度に最も近接する事業年度ごとの総費用営業利益率(金利負担の差異調整後のもの)の中位値をブラジル側基本的利益率として(乙84、85)、B社等のB社各事業年度の総費用(売上原価に販売費及び一般管理費、営業外費用として会計処理されている売掛金及び買掛金に係る為替差損益を加えたもの)の額からB社等が支出した重要な無形資産の価値の指標となる費用の額を控除した金額に乗ずることにより、別表2の4「原告の基本的利益及びB社の基本的利益の算定」のB社欄記載の金額のブラジル側基本的利益の算定をしているところ、原告は、処分行政庁がしたブラジル側基本的利益の算定のうちB社等の比較対象法人の選定の違法を主張する。そこで、B社等の比較対象法人の選定の適否について、検討することとする。
二輪車又は四輪車に関連しない事業が50%以上である企業であること。
年売上高が2500万ドル以下の企業であること。
3年以上連続したデータが入手できない企業であること。
アフターマーケット向け製品の売上高が50%以上である企業であること。オ 関連会社との取引が売上げ又は総費用の50%以上である企業であること。
営業利益率がマイナス、かつ、債務超過という状況等から継続性に問題がある企業であること。
原告は、処分行政庁がB社等の比較対象法人を選定するために用いる除外基準として設定した基準の中に「マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない企業であること」という基準がなく、B社等の比較対象法人として、マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していないブラジル側比較対象企業が選定されていることについて、マナウス税恩典利益を享受していないブラジル側比較対象企業は検証対象法人であるB社等との比較可能性を有するものではないのであって、その点に関し適切な差異調整を行うことなくしてされた本件各更正等は違法であると主張する。
そこで、検討するに、残余利益分割法の適用上、比較対象法人の事業用資産又は売上高に対する営業利益の割合等で示される利益指標に基づいて基本的利益の算定をする場合においては、比較対象法人が事業活動を行う市場と検証対象法人が事業活動を行う市場とが類似するものであること(市場の類似性)を必要とするところ、一般に、政府の規制や介入は、それが行われている市場における棚卸資産の価格や法人の利益に影響を及ぼし得る性質を有し、それが行われている市場の条件を構成するということができるから、検証対象法人が市場において事業活動を行うに当たりその利益に政府の規制や介入の影響を受けている場合には、そのような影響を検証対象法人と同様に受けている法人を比較対象法人として選定するのでなければ、比較対象法人が事業活動を行う市場と検証対象法人が事業活動を行う市場とが類似するものであるということはできず、当該比較対象法人は検証対象法人との比較可能性を有するものではないこととなると解される〔移転価格ガイドラインのパラグラフ1.55は、「価格統制(場合によっては価格の切下げ)、金利統制、役務の提供や経営管理料に対する支払統制、使用料の支払に対する統制、特定の部門に対する助成金、為替管理、反ダンピング課税又は為替相場政策などの政府介入を考慮して独立企業間価格の調整を行うべきだと納税者が主張する環境がある。
原則として、これらの政府の介入は、特定の国の市場の条件として扱われるべきであり、通常ならば、その市場における当該納税者の移転価格を評価する場合に考慮に入れるべきである。
そこで問題となるのは、これらの条件に照らした上で、関連当事者間で行われた取引が、独立企業間で行われる取引と矛盾しないかという点である」としており、改訂移転価格ガイドラインのパラグラフ1.73にも、これと同旨の記載がある。
また、措置法通達66の4(2)-3は、「措置法66条の4の規定の適用上、比較対象取引に該当するか否かについては、例えば、次に掲げる諸要素の類似性に基づき判断することに留意する」とした上、その(11)で「政府の規制」を掲げており、平成23年10月27日課法2-13による改正後の措置法通達66の4(3)-3の注2にも、これと同旨の定めがある。
さらに、参考事例集の事例20は、国外関連者(S社)が事業活動を行うX国の市場において、政府の価格規制により製品Aの市場価格が国際的な水準からみて相当程度高く維持されており、業界平均の利益水準が世界平均よりも高くなっているという事例を掲げて、市場の特殊性による価格水準は、同じ市場で事業を行う者が同様に影響を受けるものと考えられ、残余利益分割法の適用上、市場の特殊性(政府の価格規制等)による価格への影響については、同様の影響を受けていると考えられるX国の法人を選定してS社の基本的利益を計算する過程で反映されることになるとしている。〕。
なお、同一の国内であっても、政府の規制や介入がある特定の地域における棚卸資産の価格やある特定の地域で事業活動を行う法人の利益にのみ影響を及ぼす場合には、当該特定の地域とその他の地域とでは市場の条件が異なることとなるのであって、当該特定の地域とその他の地域はそれぞれ別個の市場であると解するのが相当である。
これをマナウス税恩典利益の享受についてみると、マナウス税恩典利益は、それを享受する法人の輸入税及びICMSの負担を軽減し、その売上原価を低減させることなどにより、政府助成金や補助金と同様に当該法人の利益を増加させる性質を有している。
すなわち、上記のとおり、ブラジルの企業会計上、輸入税は売上原価を構成するところ、輸入税の軽減は、政府助成金や補助金と同様に売上原価の低減項目として費用を減少させ、売上総利益ひいては営業利益を増加させ、また、ICMSみなし仕入税額控除は、政府助成金や補助金と同様に売上原価の低減項目として費用を減少させ、売上総利益ひいては営業利益を増加させるし、ICMS税額免除及びICMS税軽減は、総売上げの控除項目であるICMS費用額の低減項目として純売上げを増加させ、売上総利益ひいては営業利益を増加させる。
そうすると、マナウス税恩典利益は、それを享受する法人の営業利益に影響を及ぼす性質を有し、政府助成金や補助金といった政府の介入の実質を有するものとして、マナウスフリーゾーンという市場の条件を構成するということができるのであって、検証対象法人がマナウスフリーゾーンで事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受している場合には、マナウスフリーゾーンで事業活動を行い検証対象法人と同様にマナウス税恩典利益を享受している法人を比較対象法人として選定するのでなければ、比較対象法人が事業活動を行う市場と検証対象法人が事業活動を行う市場とが類似するものであるということはできず、当該比較対象法人は検証対象法人との比較可能性を有するものではないこととなるというべきである。
本件の場合、B社等は、マナウスフリーゾーンで事業活動を行い、マナウス税恩典利益を享受しており、B社等がB社各事業年度中に享受したマナウス税恩典利益は、それを享受するためにアマゾナス州政府に対しFMPE等の拠出金を負担しなければならなかったことを考慮しても、B社各事業年度のB社の営業利益の合計額である13億7608万9000レアルの約59%に相当する8億0692万7000レアル(輸入税の軽減額2億9293万6000レアル、ICMSみなし仕入税額控除額1億8958万3000レアル、ICMS税額免除額1億3193万8000レアル、ICMS税軽減額2億3059万9000レアルの合計額から、FMPE843万6000レアル、FTI2492万7000レアル、UEA476万6000レアルを控除した残額)に上っているのであって、マナウス税恩典利益の享受がB社等の営業利益に大きな影響を及ぼしたことは客観的に明らかである。
しかるに、処分行政庁がB社等の比較対象法人を選定するために用いる除外基準として設定した基準の中に「マナウスフリーゾーン外で事業活動を行いマナウス税恩典利益を享受していない企業であること」という基準はなく、B社等の比較対象法人として選定されたブラジル側比較対象企業は、いずれも、マナウスフリーゾーン外のサンパウロ州ほかのブラジル南部の工業地帯で事業活動を行い、マナウス税恩典利益を享受していない(この事実は弁論の全趣旨により認められる。)。
したがって、ブラジル側比較対象企業が事業活動を行う市場とB社等が事業活動を行う市場とが類似するものであるということはできず、ブラジル側比較対象企業は、B社等との比較可能性を有するものではないというべきである。
以上と異なる被告の主張は、次のとおり、いずれも採用することができない。
被告は、重要な無形資産を有しない法人がマナウス税恩典利益を享受したとしても、その効果は限定的なものにとどまるから、マナウス税恩典利益の享受の有無は比較対象法人の比較可能性に重大な影響を及ぼす有意な差異ではないと主張する。しかし、マナウス税恩典による輸入税の軽減及びICMSみなし仕入税額控除の額は当該法人がマナウスフリーゾーンでの生産に用いるために購入した部品、原材料の購入金額を、ICMS税額免除及びICMS税軽減の額は当該法人がマナウスフリーゾーンで生産し販売した製品の売上金額を、それぞれ基礎として一定の税率を乗じて計算されるものであるから、マナウス税恩典利益を享受する法人は、重要な無形資産を有しているか否かにかかわらず、その事業規模に応じた税恩典を受けられるものであり、また、営業利益率という総費用や売上高に対する営業利益の割合という割合的な数値を問題とする限りにおいては、マナウス税恩典利益を享受する法人は、事業規模の大小にかかわらず、そのような税恩典利益を享受できない場合と比較して、より高い営業利益率を得られることは明らかであって、マナウス税恩典利益の享受の有無は、比較対象法人の比較可能性に重大な影響を及ぼすものであるというべきである。
なお、被告は、一般に、政府から助成金の交付を受けた法人は、供給を増やす行動を取り、その結果、販売価格が下落し、助成金の便益が消費者に移転する現象がみられるとし、マナウス税恩典利益を享受する法人は、必ずしもその全てを収益に計上するものではなく、その一部を価格政策に活用するといった現象が起こり得ると主張するが、マナウス税恩典利益を享受している法人にそのような現象が起こっていることを客観的に裏付ける証拠はなく、被告の主張するところは、マナウス税恩典利益の享受の有無は比較対象法人の比較可能性に重大な影響を及ぼすものであるという上記の判断を左右するものではない。
また、被告は、マナウスフリーゾーンで事業活動を行うことには、消費地及び部品調達基地として重要なブラジル南部との距離が長いことによる輸送費や保険料の増加というマイナスの効果があり、そのマイナスの効果を補って営業利益を得るためには、相当程度の事業規模を要することとなるから、重要な無形資産を有することなく基本的な機能のみを果たす法人は、マナウス税恩典利益を享受しても高い営業利益率を得ることはできないと主張するが、輸送費や保険料といった費用の額は、その性質上、当該法人の事業規模の大きさに従ってその大きさが決定されるものであり、事業規模が小さければ、それに応じてこれらの費用も小さくなると考えられることからすれば、被告の主張は直ちに採用することはできない。
被告は、B社等の製造工程は、原告及びB社等の有する重要な無形資産の寄与なくしては構築することができなかったものであり、B社等がマナウス税恩典の認可要件であるPPB基準を満たす製造工程を備えるに当たり、原告及びB社等の有する重要な無形資産が寄与したことによれば、B社等がマナウス税恩典利益の享受によって得た利益は、原告及びB社等の有する重要な無形資産の貢献によって初めて得られたものであり、原告及びB社等の有する重要な無形資産の貢献と極めて密接な関係にあるから、マナウス税恩典利益の享受の有無は、基本的利益の算定において市場の条件として考慮されるべきではないと主張する。
そこで、検討するに、マナウスフリーゾーンで工場を建設しマナウス税恩典利益のうち輸入税の軽減を受けようとする者は、マナウス自由貿易地域監督庁(SUFRAMA)から、税恩典を享受しようとする工業プロジェクトに係る認可を取得する必要があり、この認可を取得するためには、進出企業がマナウスフリーゾーンで事業活動を行うに当たり最低限履行すべき基本製造工程を定めるPPB(基本製造工程)基準を達成する必要があること、アマゾナス州政府からICMS税減免に係る認可を取得するためには、雇用を創出し人件費の割合が製品の最終原価の少なくとも1.5%に相当することを要するところ、進出企業は、SUFURAMAから当該工業プロジェクトに係る認可を取得しない限り、工場を建設し稼働させることができず、労働者を雇用することもできないため、上記のICMS税減免に係る認可の要件を満たすことができないこととなることは、上記のとおりである。
したがって、進出企業がマナウス税恩典利益を享受するためには、税恩典を享受しようとする工業プロジェクトについてPBB基準を満たす必要があるということになる。
しかし、PPB基準は、進出企業がマナウスフリーゾーンで事業活動を行うに当たり最低限履行すべき基本製造工程について定めているものであるところ、これを本件で問題になる「オートバイ及びスクーター」に関するPPB基準についてみると、グループA「プレス、鋳造、加工、塗装、プラスチック注入」、グループB「燃料タンクの溶接と腐食防止処理、車体の溶接と腐食防止処理、リアフォークの溶接と腐食防止処理、サイドスタンド、センタースタンド及びステップの溶接と腐食防止処理」、グループC「エンジンの組立て、最終組立て、最終検査、梱包」と定めた上、オートバイ及びスクーターのメーカーは、グループAに定められた工程のうちの少なくとも2項目及びグループBに定められた工程のうちの少なくとも2項目を実行し、グループCに定められた工程を実行しなければならないものとしているにすぎず、各工程の内容や技術水準に関する具体的基準は示されていないのであって、このことによれば、PPB基準は、基本的活動のみを行い重要な無形資産を有しない法人であっても有しているような基本的な技術、ノウハウのみで満たすことができるものであり、重要な無形資産の貢献がなければ満たすことができないものではないということができる。
そうすると、B社等がマナウス税恩典利益の享受によって得た利益は、原告及びB社等の有する重要な無形資産の貢献によって初めて得られたものであるとか、原告及びB社等の有する重要な無形資産の貢献と極めて密接な関係にあるということはできない。
被告の主張は採用することができない。
被告は、本件製品がブラジルの自動二輪車市場において圧倒的な販売シェアを獲得し、B社等が競争上優位な地位を築くことができたのは、原告及びB社等の有する重要な無形資産の貢献があったからであり、B社等が事業規模を拡大し、多額の超過利益を得ている主な要因は、原告及びB社等の有する重要な無形資産の貢献にあるとした上、マナウス税恩典利益は、原告及びB社等の有する重要な無形資産の寄与と一体的な関係にあるから、残余利益として認識し、原告及びB社等がそれぞれ有する重要な無形資産の寄与の程度に応じて分割するのが合理的であると主張する。
しかし、残余利益分割法は、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合に、分割対象利益のうち重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる利益(基本的利益)に相当する金額を当該法人及び国外関連者それぞれに配分し、当該配分した金額の残額(残余利益)を当該法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する方法により独立企業間価格を算定するものである。
このように、法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の寄与によって得られた超過利益が存在する可能性がある場合について、無形資産の寄与によって得られた利益自体を直接算出して配分するのではなく、基本的利益をまず算出して配分し、分割対象利益から基本的利益を控除した残額を法人又は国外関連者の有する重要な無形資産の寄与によって得られた超過利益と認識して、それを重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分する算定方法が採用されているのは、技術、ノウハウ、ブランド等の無形資産は、それが法人の利益に寄与したといえる場合であっても、その範囲及び程度がどのようなものであるかを正確に判断することが極めて困難であるためであると解される。
そして、このことは、原告又はB社等の有する無形資産についても当てはまるのであって、B社等が事業規模を拡大するに当たり、原告及びB社等の有する無形資産が寄与したということはできるとしても、そうであるからといって、マナウス税恩典利益を基本的利益の算定において考慮せずに、これを残余利益として認識し、本件国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するのは、残余利益分割法の適用を誤るものというべきである。被告の主張は採用することができない。
被告のその余の主張についても、これまで説示したところに照らし、いずれも採用することができない。
以上のとおり、ブラジル側比較対象企業は、マナウス税恩典利益を享受していないという点でB社等との比較可能性を有するものではないから、処分行政庁が、上記の差異につき何らの調整も行わずにブラジル側基本的利益を算定した上、本件独立企業間価格を算定したことには誤りがあるというべきである。
そして、上記の差異は、市場の特殊性という営業利益に大きく関わる基本的な差異であるため、そもそも、これにつき適切な差異調整を行うことができるのか否かは不明であり、いずれにしても、本件の証拠関係の下では、原告が本件国外関連取引により支払を受けた対価の額が独立企業間価格に満たないものであることにつき立証があったとは認められないから、本件国外関連取引に措置法66条の4第1項を適用して移転価格税制の課税を行うことはできないというべきである。
東京高裁/平成27年5月13日判決(杉原則彦裁判長)/(控訴人国)(控訴人の請求棄却)(確定)(納税者勝訴)
残余利益分割法においては、基本三法に比較して、比較対象法人に求められる比較可能性の程度は緩やかであるとしても、また、総費用営業利益率により市場の類似性の判断をしたとしても、マナウス税恩典利益は、本件のブラジル側比較対象企業とB社等との比較可能性に重大な影響を及ぼすものであり、適切な差異調整をすることなくなされた本件各更正等は違法であり取り消されるべきことは、前記引用に係る原判決の説示及び後記当審における説示のとおりである。
マナウスフリーゾーンで操業することは、物流コスト等の増加をもたらし、また、各種拠出金等を負担することになって、これが総費用営業利益率の低下をもたらすことは、控訴人の主張するとおりである。
しかし、以下に述べるとおり、これを考慮しても、マナウス税恩典利益は、B社等の営業利益を大きく増加させることは、原判決が説示するとおりである。
各種拠出金等の額は、ICMS税軽減額の6パーセント(中小企業奨励金、FMPE)、ICMSみなし仕入税額控除額の1パーセント及び輸入品のFOB価格の2パーセント(観光・地方開発事業基金、FTI)並びにICMSみなし仕入税額控除額の10パーセント(アマゾナス州立大学奨励金、UEA)であり、これらは、マナウス税恩典利益の概ね10パーセント程度にすぎないと概算される。
物流コスト等の増加分については、B社等において、多くともマナウス税恩典利益の3分の1未満であると推認することができ(甲133、253)、マナウス税恩典の総費用営業利益率に対する重要な影響を否定するとはいえない。
なお、控訴人は、事業規模が大きくなると、物流拠点等のインフラ設備を備えることにより物流コスト等を低減させることができるが、事業規模が小さいとそうではないので、一般的にいって、大都市から離れているマナウスフリーゾーンで操業している企業の物流コスト等は、総費用営業利益率をより低下させる旨主張する。
しかし、物流コスト等が、一般的に物流量に比例することは明らかであって、本件において、事業規模の大きい企業(B社等)とそうでない企業とで、物流コスト等により総費用営業利益率に顕著な差が生じると認めるに足りる証拠はなく、事業規模が小さくとも、その物流コストはマナウス税恩典利益の総費用営業利益率を押し上げる効果を大きく減殺するものではないと推認することができる。
また、仮に控訴人が主張するような傾向があるとしても、残余利益分割法においても、比較対象法人の事業規模の類似は重要な選定要素の1つであり、そのことについての差異は(可能であれば)調整が図られるべきであるから、B社等の実情を1つの間接事実として、マナウスフリーゾーンで操業することの物流コスト等の総費用営業利益率における割合は大きくないと認定できるとの前記結論は左右されない。
控訴人は、通常、事業者は販売シェアを拡大維持するために、販売価格の低下という事業戦略を採用し、マナウス税恩典利益はそのために用いられるから、総費用営業利益率の増加をもたらさない旨主張する。
しかし、事業者は利潤を追求しそれをできるだけ増加させようとするものであり、商品が市場で競争力を維持している限り、常に価格を低く設定するという事業戦略を採用するとはいえず、また、マナウス税恩典利益の全てを販売価格の低下に用いると認めるに足りる証拠はない。
この点、改訂移転価格ガイドラインにおいても、「ある市場に浸透しようとしている又は市場シェアを伸ばそうとしている納税者は、同一市場の比較可能な製品よりも低い価格を一時的に設定するかもしれない。」としており、低価格戦略は一時的なものであると考えられるとの認識が示されている。
なお、マナウス税恩典利益を享受して事業者が生産する最終製品の価格が、そうでない製品より約3割安いとする見解は、平成15年当時のものであり、かつ、対象製品の限定がないものであって、本件製品に当てはまるとは認められない。
B社等が、インフレーションが進む中でも販売価格を維持していたとしても、平成9年以降は、おおむねインフレ率に見合うように販売価格が引き上げられており(乙27)、B社等の各事業年度において、マナウス税恩典利益の大部分が販売価格の低下に用いられているとは認められず、反面、総費用営業利益率の向上に寄与しているといえる。
控訴人は、マナウス税恩典利益の有無は、一般的に総費用営業利益率に影響を与えない旨主張し、これに沿う証拠であるとして、マナウスフリーゾーン内にある複数の企業の総費用営業利益率に関する証拠として乙第169号証を提出する。
しかし、同証拠で掲げられている企業は、事業分野が多種多様であり、また、その事業規模や財務内容は必ずしも明らかでない。
控訴人が自ら主張するとおり、マナウス税恩典利益の額は、部品の輸入割合の多寡や、アマゾナス州以外の州からの部品や原材料の購入額の多寡といったような事業形態等により大きく異なるものであるから、本件でも、被控訴人と事業規模や事業形態が類似する企業の平均値をもって論ずるべきであって、そうでない資料に基づく分析結果をもって、本件におけるマナウス税恩典利益が、総費用営業利益率に重要な影響を与えるものではないと認めることはできない。
控訴人は、マナウス税恩典利益が総費用営業利益率に重要な影響を与えているとしても、それは、重要な無形資産の寄与によるものであるから、残余利益として観念すべきであり、基本的利益の算定における検証対象法人と比較対象法人との間の比較可能性(市場の類似性)を否定するものではない旨主張する。
確かに、マナウス税恩典の仕組み上、事業規模が大きくなれば、マナウス税恩典利益の額が増加するという相関関係が一般的に認められるのであり、また、販売量の拡大維持は、単に低価格であるだけでは達成できず、製品の品質や、知名度(市場における高い評価)等に大きく影響されることがあると認められるから、マナウス税恩典利益の中には、販売量の維持拡大に寄与する重要な無形資産の寄与が含まれている場合があるということができる。
しかし、他方で、事業規模の維持拡大には、それに必要な人的物的資本の投下や、事業の拡大をするという経営判断が必須であり、それら自体は重要な無形資産とはいい難い。
そうすると、マナウス税恩典利益には、重要な無形資産の寄与による残余利益ではない部分、すなわち基本的利益が多く含まれていることもまた明らかである。
そうすると、仮に、マナウス税恩典利益のうち、重要な無形資産が寄与している部分が存在し得るとしても、それを直接把握することは困難ないし事実上不可能であり、そもそも、基本的利益に係る部分は、基本的利益の配分について考慮すべきであるから、本件でも、残余利益分割法にしたがって、マナウス税恩典利益を含む分割対象利益から、重要な無形資産を有しないブラジル側比較対象企業を選定し算定したブラジル側基本的利益と、日本側基本的利益を各控除し、残余利益を分割して独立企業間価格を算定すべきである。
また、このようにすれば、比較可能性のあるブラジル側比較対象企業を選定し、適切な差異調整を行うことによって、マナウス税恩典利益に対する被控訴人及びB社等の重要な無形資産の寄与が大きい場合には、重要な無形資産を有さないブラジル側比較対象企業の営業利益は低く算定されることになり、B社等の基本的利益の額も少なく算定され、その分残余利益の額が増加して、マナウス税恩典利益のうち重要な無形資産の寄与に係る部分は、残余利益として被控訴人及びB社等に適切に分割され得るのであって、正に残余利益分割法の趣旨に沿う結果がもたらされることになるとも考えられる(しかしながら、本件で、適切な差異調整が行われたとはいえないことは、前記のとおりである。)。
逆に、マナウス税恩典利益を残余利益と観念して、比較対象法人の選定において考慮しないことは、マナウス税恩典利益に含まれる基本的利益に係る部分の配分を誤ることになり、相当でない。以上のとおりであるから、控訴人の上記主張①は理由がなく、採用することができない。
控訴人の各予備的主張の適法性について(適法な理由の差し替えに該当するか。)控訴人は、当初は、本件各更正等において、ブラジル側比較対象企業がマナウス税恩典利益を享受していないことについて、差異調整を行う必要はないと主張していたものである。
これに対し、当審における控訴人の予備的主張1は、この差異調整を行うというものである。
しかし、「本件国外関連取引の対価が独立企業間価格に満たないこと」という同一の課税要件事実に属し、ブラジル側比較対象企業の基本的利益の算定に直接関連するものであるとしても、マナウス税恩典が差異調整を要しないものであるとする場合と、差異調整を行うとする場合とでは、主張立証の対象となる事実が相当程度異なることになるのであるから、納税者としては、新たな攻撃防御を尽くすことを強いられ、かつ、その負担は軽くないというべきである。
また、予備的主張2についても、被控訴人に物流コスト等や人件費較差について新たな攻撃防御を強いることになる。
したがって、理由付記を求めている法の趣旨に照らすと、予備的主張1及び2は、いずれも違法な理由の差し替えに該当し許されないと解すべきである。
なお、仮に、控訴人の予備的主張1及び2が適法な理由の差し替えとして許容されるとしても、いずれも理由がないものであることは下記イ及びウのとおりである。
控訴人の主張する予備的主張1は、B社等における残余利益及びそれに係る費用も含めた総費用営業利益率をもって、マナウス税恩典利益の享受の影響度を算定し、それをもってマナウス税恩典利益を享受する場合のブラジル側基本的利益率を差異調整して、B社等の基本的利益を算定するというものである。
しかし、この差異調整には、次のような問題がある。
残余利益分割法によると、重要な無形資産を有しないブラジル側比較対象企業の基本的利益から、B社等の基本的利益を算定すべきである。
しかし、控訴人の予備的主張1では、残余利益も含めたB社等の総費用及び営業利益を一括して総費用営業利益率を算定し、それを、マナウス税恩典利益がない場合の総費用営業利益率で除した数値で差異調整を行っていて、それによると、基本的利益の算定に含まれるべきでない残余利益及びその発生に係る費用が計算式に混入していることになり、基本的利益の差異調整として許容される範囲の較差になっているとの保証がない。
また、B社等におけるマナウス税恩典利益の享受の影響度を、ブラジル側比較対象企業にそのまま当てはめることができるとの前提に問題がある。
控訴人が主張するとおり、マナウス税恩典利益の多寡は、部品の輸入割合の多寡や、アマゾナス州以外の州からの部品や原材料の購入額の多寡といったような事業形態等により大きく異なるものであるから、B社等における影響度が、そのまま本件のブラジル側比較対象企業に当てはまると認めるに足りる証拠はない。
以上からは、控訴人が予備的主張1において採用している差異調整は適切なものとはいえず、採用できない。
控訴人は、原審における被控訴人の主張(差異調整)に沿う形で差異調整を行った場合でも、本件各更正等は一部取り消されるにとどまる旨主張するものである。
しかし、控訴人が指摘する原審での被控訴人の主張は、マナウス税恩典利益の有無が、基本的利益の多寡に大きく影響する市場条件であり、それがないブラジル側比較対象企業には比較可能性がないか、少なくとも適切な差異調整が必要である旨指摘するために、試みとして差異調整を行ったものにすぎず、その内容は必ずしも正確なものではない。
また、B社等の部品の内製率は低くなく、その調達においては物流コストは高くないとうかがわれるし、また、ブラジル北部の自動二輪車の需要は低くなく、そこに出荷する場合は、ブラジル南東部の企業より物流コスト上はかえって有利であるから、物流コスト等の影響について、それらを踏まえて差異調整を要する可能性がある。
さらに、大都市が多いブラジル南東部に比べて、マナウスでは、人件費が低い可能性がある。
それらについての差異調整の必要性がないとは断定できない。
そして、これらの差異調整をする場合の方法及び内容については、必ずしも明らかではない。
以上のとおりであるから、控訴人の予備的主張2において採用している差異調整は適切なものとはいえず、採用できない。
そのほか、控訴人が縷々主張するところは、上記原判決の結論及び当審の判断を左右するものではない。
以上によれば、原判決の判断は正当として是認することかできる。よって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京地裁 判示要旨
- 1.
- ■本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定について検討するに、残余利益分割法は、法人又は国外関連者が重要な無形資産を有する場合に適用されるものであるところ、原告らは、本件各事業年度において、いずれも、重要な無形資産を有し、その貢献により重要な無形資産を有しない非関連者間取引において通常得られる基本的利益を超える超過利益を得ていたと認めることができる。したがって、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定については、基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法のうち、残余利益分割法を用いて行うのが最も適切であるというべきである。
■ブラジル側比較対象企業は、税恩典利益を享受していないという点でB社等との比較可能性を有するものではないから、処分行政庁が、上記の差異につき何らの調整も行わずにブラジル側基本的利益を算定した上、本件独立企業間価格を算定したことには誤りがあるというべきである。
東京高裁 判示要旨
- 1.
- ■事業規模の維持拡大には、それに必要な人的物的資本の投下や、事業の拡大をするという経営判断が必須であり、それら自体は重要な無形資産とはいい難い。そうすると、マナウス税恩典利益には、重要な無形資産の寄与による残余利益ではない基本的利益が多く含まれていることは明らかである。
■差異調整を行うとする場合とでは、主張立証の対象となる事実が相当程度異なることになるのであるから、納税者としては、新たな攻撃防御を尽くすことを強いられ、かつ、その負担は軽くないというべきである。
被控訴人に物流コスト等や人件費較差について新たな攻撃防御を強いることになる。したがって、理由附記を求めている法の趣旨に照らすと、予備的主張は、いずれも違法な理由の差替えに該当し許されないと解すべきである。
認定事実
■本件は、自動二輪車、四輪車の製造及び販売を主たる事業とする内国法人である原告が、その間接子会社であり、ブラジル連邦共和国(以下「ブラジル」という。)アマゾナス州に設置されたマナウス自由貿易地域(以下「マナウスフリーゾーン」という。)で自動二輪車の製造及び販売事業を行っている外国法人であるB Ltda.(以下「B社」という。)及びその子会社との間で、自動二輪車の部品等の販売及び技術支援の役務提供取引(以下「本件国外関連取引」という。)を行い、それにより支払を受けた対価の額を収益の額に算入して、平成10年3月期(平成9年4月1日から平成10年3月31日までの事業年度をいう。以下、他の事業年度についても同じ。)、平成11年3月期、平成13年3月期、平成14年3月期及び平成15年3月期(以下、これらの事業年度を併せて「本件各事業年度」という。)の法人税の確定申告をしたところ、処分行政庁から、上記の支払を受けた対価の額が租税特別措置法(平成10年3月期、平成11年3月期及び平成13年3月期については平成13年法律第7号による改正前のもの、平成14年3月期については平成14年法律第79号による改正前のもの、平成15年3月期については平成18年法律第10号による改正前のもの。以下、これらの改正前のものを包括して「措置法」という。)66条の4第2項1号ニ及び2号ロ、租税特別措置法施行令(平成10年3月期、平成11年3月期及び平成13年3月期については平成13年政令第141号による改正前のもの、平成14年3月期及び平成15年3月期については平成16年政令第105号による改正前のもの。以下、これらの改正前のものを包括して「措置法施行令」という。)39条の12第8項に定める方法(以下「利益分割法」という。)により算定した独立企業間価格(以下「本件独立企業間価格」という。)に満たないことを理由に、措置法66条の4第1項の国外関連者との取引に係る課税の特例(以下、この特例に基づく税制度を「移転価格税制」という。)の規定により、本件国外関連取引が本件独立企業間価格で行われたものとみなし、本件各事業年度の所得金額に本件独立企業間価格と本件国外関連取引の対価の額との差額を加算すべきであるとして、本件各更正等を受けたため、処分行政庁の所属する国を被告として、本件各更正等の一部又は全部の取消しを求める事案である。
■原告は、B社及びその子会社はマナウスフリーゾーンで事業活動を行うことによる税制上の利益(以下「マナウス税恩典利益」といい、その基礎となる税制度を「マナウス税恩典」という。)を享受して多額の利益を得ているが、それはB社及びその子会社が事業活動を行う市場の条件に基づくものであるからB社及びその子会社に帰属すべきものであり、それが原告とB社及びその子会社に配分されるべきものであることを前提としてされた処分行政庁による本件独立企業間価格の算定は違法であるなどと主張している。
■原告は、自動二輪車、四輪車、汎用製品の製造、販売等を主たる事業とする内国法人である。
■B社は、1975年(昭和50年)にブラジルで設立された外国法人であり、後述するマナウスフリーゾーンで自動二輪車を製造し、主としてブラジル国内向けに販売しているものである(以下、B社が製造し販売する自動二輪車を「本件製品」ということがある。)。
■B社を設立し、その発行済株式の総数の99%超を保有しているC Ltda.(旧商号D Ltda.)は、1971年(昭和46年)にブラジルで設立された外国法人であり、原告は、その発行済株式の総数の99%超を保有している。
■したがって、原告は、B社の発行済株式の総数の99%超を間接に保有していることになる。
■B社は、1985年(昭和60年)にブラジルで設立された自動二輪車の部品の製造を主たる事業とする外国法人であるE Ltda.及び1992年(平成4年)にブラジルで設立された自動二輪車の製造設備の調整及び補修並びに金型の製作及び補修を主たる事業とする外国法人であるF Ltda.という二つの連結子会社を有している、(以下、B社と、E社及びF社の2社を併せて「B社等」という。)。
■E社は、B社がマナウスフリーゾーンに有する工場の敷地内において、B社が製造する自動二輪車の部品を製造し、B社に販売しており、F社は、同敷地内において、B社及びE社が使用する製造設備の調整及び補修並びに金型の製作及び補修をしている。
■B社は、E社及びF社の各発行済株式の総数の99%超を保有しており、したがって、原告は、C社及びB社を通じて、E社及びF社の各発行済株式の総数の99%超を間接に保有していることになる。
■株式会社Gは、昭和35年に原告の研究開発部門を分離して設立された内国法人であり、原告の委託を受けて技術や商品の研究開発を行っているものである。
■G社は、我が国に自動二輪車製品全般の開発を行う事業所としてH(以下「H」という。)を、ブラジルに自動二輪車の市場調査等を行う海外駐在事務所としてI(以下「I」という。)を、それぞれ設置している。
■J Ltda.は、C社が1981年(昭和56年)にブラジルで設立した外国法人であり、ブラジル特有の販売形態であるコンソルシオ販売の管理運営、あっせん等の業務を行っているものである。
■コンソルシオ販売は、ブラジルにおいてハイパーインフレーション等を背景に金融機関から融資を受けることができない低所得者向けに発達した特有の販売形態であり、ある商品の購入希望者が講(コンソルシオ)を構成し、金員を出し合い、購入可能な数の商品を購入し、抽選で当たった参加者から順次商品の引渡しを受けるというものである。
■マナウス税恩典利益法人がマナウスフリーゾーンで事業活動を行うことにより享受する税制上の利益であるマナウス税恩典利益の概要は、次のとおりである。
■マナウス税恩典は、ブラジルの連邦又はアマゾナス州の法令の規定により、マナウスフリーゾーンに進出する企業に対し、マナウス自由貿易地域監督庁(以下「SUFRAMA」という。)等の承認によって与えられる各種租税の減免措置である。
■ブラジル連邦政府は、1957年(昭和32年)6月、法律第3173号により、アマゾン地域に自由貿易地域を指定し、1966年(昭和41年)12月、アマゾン地域を開発し、経済的に統合することを宣言し、アマゾン地域の開発を重要な国家プロジェクトと位置付けた。
■ブラジル連邦政府は、1967年(昭和42年)2月、大統領令第288号(以下「税恩典大統領令」という。)により、自由貿易地域に進出した企業に対する税制上の優遇措置(税恩典)を拡大した。
■その期限は、当初、1997年(平成9年)までとされていたが、1988年(昭和63年)制定のブラジル連邦憲法にマナウスフリーゾーンの設置が明記された後、2013年(平成25年)までその存続期間が延長され、さらに、2023年(平成35年)まで再延長された。
■マナウスフリーゾーンは、ブラジル連邦憲法上設置が定められている唯一の自由貿易地域である。
■連邦の税恩典に加えて、1989年(平成元年)制定のアマゾナス州法第1939号(以下「1989年州法」という。)により、商品流通サービス税(以下「ICMS」という。)に関するアマゾナス州の税恩典も定められている。
■1996年(平成8年)制定のLei Hanan(以下「ハナン法」という。)により、認可企業は、1989年州法による税恩典を受けるためには「雇用を創出し、人件費の割合が製品の最終コストの少なくとも10%に相当する」必要があるものとされた(なお、上記の人件費の割合は、その後の州法改正により10%から1.5%に改められた。)。
■ハナン法は、恩典付与の要件として「雇用人数の維持」や「新規雇用の創出」、一定の「給与水準」の維持を定めている。
■マナウス税恩典による減免の対象は、輸入税、工業製品税、法人所得税(以上、連邦税)、ICMS(州税)、法人売上げに対する社会負担金及び社会統合基金(連邦の負担金)であるところ、これらのうち営業利益に重大な影響を及ぼすのは、輸入税とICMSである。
■輸入税は、商品や生産物の輸入に課される連邦税であり、我が国の関税に相当する。
■輸入税の納税義務は、輸入品の通関申告時に発生し、その課税標準額は、輸入品の価格に運賃と保険料を加えた外貨額を国内通貨に換算した金額である。
■マナウスフリーゾーンで工場を建設し輸入税の軽減を受けようとする者は、SUFRAMAから輸入税の軽減を受けようとする工業プロジェクトに係る認可を受けなければならず、1991年(平成3年)以降は、基本製造工程(以下「PPB」という。)基準を満たすことがその認可の要件とされている。
■PPB基準には、マナウスフリーゾーンで製造業を行うに当たり最低限履行すべき基本製造工程が定められており、オートバイ及びスクーターについては、1993年(平成5年)大統領令第783号の規定により、グループAの工程(プレス、鋳造、機械加工、塗装、プラスチック注入)から少なくとも2項目を、グループBの工程(燃料タンクの溶接と腐食防止処理、車台の溶接と腐食防止処理、リアフォークの溶接と腐食防止処理、サイドスタンド、センタースタンド及びフットレストの溶接と腐食防止処理)から少なくとも2項目を、それぞれ選択して実施し、さらに、グループCの工程(エンジンの組立て、最終組立て、最終検査、梱包)を実施することが求められている。
■輸入税の軽減に係る認可を受けた企業は、部品等を輸入するに当たり、輸入税の納付猶予を受けることができる。
■そして、この納付猶予に係る輸入税は、当該部品等を用いて製造した製品をマナウスフリーゾーン外に移出する時に、納付すべきこととなるが、その税額の88%が軽減される。
■ICMSは、主に商品、製品及び生産物の流通に課される州税であり、付加価値税の一種である。
■ICMSの課税方式としては、累積排除型の多段階課税が採用されている。
■多段階課税とは、物やサービスの製造、卸、小売など流通の各段階で各事業者の売上げに課税していく制度であり、累積排除型とは、各事業者がその売上げに対する税額からその仕入れに含まれた税額を控除した額を納付し、課税が累積することを排除する制度である。
■ICMSにおいては、販売業者の売上げに係る税額から仕入額に含まれる税額を控除した額が納付すべき税額となる。
■マナウスフリーゾーンでICMSの減免(以下「ICMS税減免」という。ICMS税減免は、後述のICMSみなし仕入税額控除、ICMS税額免除及びICMS税軽減から成る。)を受けようとする者は、アマゾナス州政府からICMS税減免に係る認可を受けなければならず、アマゾナス州における人件費が製造コストの一定の割合以上を占めることなどがその要件とされている。
■マナウスフリーゾーンで工場を建設し輸入税の軽減を受けようとする者は、SUFRAMAから工業プロジェクトに係る認可を受けなければならず、PPB基準を満たすことがその認可の要件とされていることは、上記(ア)のとおりであり、SUFRAMAから工業プロジェクトに係る認可を受けなければ、工場の建設及び稼動をすることができず、労働者を雇用することができないため、アマゾナス州における人件費が製造コストの一定の割合以上を占めることというICMS税減免に係る認可の要件を満たすことができない。
■アマゾナス州法上、ICMS税減免の要件としてPPB基準を満たすことが規定されているわけではないものの、実際には、PPB基準を満たさなければ、ICMS税減免を受けることができない。
■アマゾナス州以外の州からの部品、原材料の購入がマナウスフリーゾーンでの製造のためのものである場合、ICMSは課されないため、ICMS税減免に係る認可を受けた企業がアマゾナス州以外の州から購入した部品等の価格にはICMSが含まれていないが、ICMS税減免に係る認可を受けた企業は、その価格に通常課されるICMSが含まれるものとみなして仕入税額控除(以下「ICMSみなし仕入税額控除」という。)を受けることができる。
■また、ICMS税減免に係る認可を受けた企業は、アマゾナス州政府と合意した生産販売数量基準を満たせば、基準数量を超過した製品に係る取引について税額免除(以下「ICMS税額免除」という。)を受けることができ、基準数量未満の製品に係る取引についても税率軽減(以下「ICMS税軽減」という。)を受けることができる。
■なお、アマゾナス州の税恩典利益を享受するには、州政府に対し、中小企業奨励金(FMPE)、観光・地方開発事業基金(FTI)、アマゾナス州立大学奨励金(UEA)といった拠出金を負担しなければならない。
■ブラジルの会計基準上、輸入税は売上原価となるところ、輸入税の軽減を受ける場合、製品を域外に移出するまでその税額が確定しないため、B社等は、上記イ(ア)のとおり納付猶予を受けた後の輸入税の納付時に、これを販売費として会計処理をしていた。
■ブラジルの会計基準上、ICMSは総売上げの控除項目となるところ、ICMSみなし仕入税額控除は、売上原価の低減項目となり、ICMS税額免除及びICMS税軽減は、総売上げの控除項目として処理される。
■なお、B社等は、アマゾナス州政府に対する拠出金を総売上げの控除項目として処理していた。
■原告は、本件各事業年度において、次のとおり、B社に対し完成自動二輪車、組立部品及び補修部品を販売し、B社及びE社に対し製造設備及び金型を販売し、B社等の事業活動を支援するためB社等の工場等に技術者又はコンサルタントを派遣する役務の提供をし、それらの対価の支払を受けた。
■なお、本件国外関連取引の中に、原告の有する重要な無形資産の使用に係る取引が含まれるか否かについては、後記のとおり、当事者間に争いがある。
■原告は、本件各事業年度において、B社に対し、完成自動二輪車を販売し、その対価の支払を受けた。
■原告は、本件各事業年度において、B社に対し、自動二輪車のエンジン及び車体の製造に必要なドリブンギア、クランクシャフト、シリンダーヘッド等の組立部品並びに自動二輪車の修理に必要な補修部品を販売し、その対価の支払を受けた。
■原告は、本件各事業年度において、B社及びE社に対し、自動二輪車若しくはその部品又は金型の製造に必要な鋳造設備、成型プレス設備等の製造設備及び金型を販売し、その対価の支払を受けた。
■原告は、本件各事業年度において、B社等の要請を受けて、B社等の事業活動を支援するため、B社等の工場に技術者を派遣して技術指導の役務の提供をし、その対価の支払を受けた。
■原告は、平成23年3月11日、本件各訴えを提起した。
(補足)ホンダ事件とは
取引の概要
■自動二輪車及び四輪車の製造及び販売を主たる業とする原告(本田技研工業(株))は、ブラジル連邦共和国アマゾナス州に設置されたマナウス自由貿易地域で自動二輪車の製造及び販売を行っている国外関連者B社及びその子会社との間で、自動二輪車の部品等の販売及び技術支援の役務提供取引を行い、それによりB社等から支払をうけていた。
■課税庁は、原告の1998年3月期から2003年3月期まで(200年3月期は除く)において、原告がB社等から受け取る対価の額が独立企業間価格に満たないとして残余利益分割法を用いて移転価格課税を行った。
■具体的には、ブラジルにおいてB社等と同様の事業を営み、市場、事業規模等が類似する法人で重要な無形資産を有していない8社を選定し、それらの総費用営業利益率に中央値をB社等の基本的利益率として用いて、B社等も基本的利益を算定した。そして、本件取引にかかる原告の利益とB社等の利益からB社等の基本的利益を差し引いた残余利益を、原告又はB社等の有得る重要な無形資産の価値に応じて配分するため、原告については、①ブラジル向け研究開発費、②ブラジル向けプロジェクト費用及び技術指導料、③提携部品メーカーへの支払ロイヤルティの合計額を、また、B社等については、①新機種導入時の量産体制確立の費用、②生産性向上の費用、③新規ディーラー開拓及びディーラー育成の費用、④公告宣伝費の合計額を、それぞれ残余利益の分割要素とした。
裁判所
■主な争点は、残余利益分割法の適用方法の可否である。課税長は、B社等の基本的利益を算定するにあたり、ブラジル国内でB社等と同様に自動二輪車の製造及び販売を行っている会社8社を公開情報に基づき選定したが、その際、マナウス自由貿易地域外にあり税恩典利益を享受していない企業を除外しなかったのである。原告はこの点を指摘し、課税庁がB社等の基本的利益の算定の為に算定した8社には、B社等との比較可能性がないと主張したのである。
■東京地裁は、原告の上記主張を認め「ブラジル側比較対象企業は、税恩典利益を享受していないという点でB社等との比較可能性を有するものではないから、処分行政庁が、上記の差異につき何らの調整も行わずにブラジル側基本的利益を算定した上、本件独立企業間価格を算定したことには誤りがある」と判示した。
編集者コメント
比較対象企業に比較可能性が無く、全ての課税処分取消
■本件は、残余利益分割法による課税処分が行われ、裁判所が国外関連者の基本的利益の算定のために課税庁が用いた比較対象取引が比較可能性を欠くとして、課税処分が取り消された事案である。なお、特殊関連企業に関する日本=ブラジル租税条約6条には、MC(OECDモデル租税条約)9条と異なり、対応的調整に関する規定がない。そのため、原告は、国内訴訟手続で課税処分を争わざるを得なかったと思われる。
■裁判所は、B社等の基本的利益を算定するために課税庁がマナウス自由貿易地域外の企業を比較対象企業としたことが適切ではないとして、課税処分の全てを取り消した。このロジックによれば、課税処分のどこか1つに瑕疵があると、課税処分の全てが取り消され、移転価格税制によって得られる税収は失われることととなる。しかし、例えば移転価格課税で有名なガイシ事件では、裁判所は納税者からの示唆を入れて、残余利益の分割要素を変更して再計算を行い、課税処分の大部分を取り消したが、全てを取り消すことはしなかった。このように、裁判所が所得金額の再計算を行うのであれば、本件のような場合、マナウス自由貿易地域内の企業を比較対象企業として基本的利益の額と分割対象利益の額を再計算すれべよいのであるから、国税庁としては、予備的主張として、これらの数字を裁判所に提示しておく方がよかったのではないだろうか。
国側の予備主張
■この点、控訴審において、国側は、予備的主張として、マナウス税恩典利益を受けている状態のB社等の総費用営業利益率と、そうでない状態の総費用営業利益率から、マナウス恩典利益がB社等の総費用営業利益率に与えている影響度を求め、再調整を行うなどとした。しかし、東京高裁は、「被控訴人に物流コスト等や人件費較差について新たな攻撃防御を強いることなる。したがって、理由附記を求めている法の趣旨に照らすと、予備的主張は、いずれも違法な理由の差替えに該当し許されない」として、国側の主張を斥けた。「差異調整を行うとする場合とでは、主張立証の対象となる事実が相当程度異なることになるのであるから、納税者としては、新たな攻撃防御を尽くすことを強いられ、かつ、その負担は軽くないというべき」として、適法な理由の差し替えであったとしても、検討をした上で斥けた。
マナウス自由貿易地域とマナウス恩典利益
■マナウス自由貿易地域は、ブラジルのアマゾナス州に設けられた政府手動による産業育成が図られている地域。19世紀の後半からはゴムの産地として発展し、その集積地としてのマナウスの開発が進められた歴史的経緯がある。その後ゴムプランテーションの主力がアジアに移動し、第二次世界大戦時に再びアマゾンがゴム産地としてクローズアップされるといった沈滞と成長を経つつも、産業構造の転換の流れの中で、1967年のマナウス自由貿易地域の設置によって連邦政府主導での産業誘導が図られるようになった。域内総生産および一人あたり域内総生産は、北部地域ではいずれも
上位にあるが、ブラジル全体では中位に位置する。約 468 億レアルの域内総生産は全国の約 1.5%に当たる。マナウス自由貿易地域の設置によって工業化が推し進められた結果、現在では域内総生産の 3 割以上を製造業が占める構造となっている。
■マナウス税恩典利益とは、ブラジルの連邦又はアマゾナス州の法令の規定により、マナウス自由貿易地域に進出する企業に対して与えられる各種租税の減免措置をいい、マナウス税恩典利益のうち、輸入税とICM(IMPOSTOSOBRECIRCULACAODEMERCADORIASESERVICOS。ブラジルでの商品流通サービス税(州税))の減免は、ブラジル企業会計上、売上原価の低減項目として費用を減少させ、売上総利益ひいては営業利益を増加させるものであった。
■原告は、それぞれマナウスフリーゾーンで事業活動を行い、原告の各事業年度の営業利益合計額のうち、約59%相当額がマナウス税恩典に係る利益によるものであったといわれる。
重要概念/TPG
2022年TPG 黙示的支援
■前回に引き続き、TPGの発展の歴史を紹介する。TPGとは、OECD移転価格ガイドラインのことであり、OECD(経済協力開発機構)の租税委員会が策定する、納税者と税務当局との双方に向けられた移転価格税制に関する国際的な指針であり、正式名称は「Transfer Pricing Guidelines for Multinational Enterprises and Tax Administrations(「多国籍企業と税務当局のための移転価格算定に関する指針」)」である。
■2015年BEPS最終報告において、「金融取引において独立企業間であれば存在したであろう条件の決定に係る経済的に有意な特性について更なるガイダンスの提供に向けて作業を実施する」との指示をうけて、OECD内での策定作業が開始され、2020年に金融取引ガイダンスが公表され、2022年TPGに組み込まれた。
■2022年TPGはグループ間貸付におけるグループ企業の借入コストを決定する場合、特定のグループ企業の単体の信用格付よりも、多国籍企業グループの信用格付け野法が関連性が高いとしている。すなわち、多国籍企業グループ全体における企業の黙示的支援の重要性が示されている。これは、2017年のオーストラリアのChevron事件連邦裁判所判決が影響していると言われている。この点は、2020年「金融取引ガイダンス」の策定にあたり加盟国間で意見の対立があった問題が考えられる。
■TPGの進化については、数回に分けて紹介していくため、今後もチェックしてみていただけると幸いである。
併せて読みたい/ワールドファミリー事件
ディズニー英語教材に再販売価格基準法(東京地平29年4月11日判決)
■内国法人である原告が、国外関連者からディズニー・キャラクターを用いた幼児向け英語教材を仕入れて訪問販売する取引を行っていたところ、課税庁が、原告が当該国外関連者が支払う購入金額が独立企業間価格を上回っているとして、再販売価格基準法を用いて移転価格課税処分を行った。
■原告が、課税庁が選定した比較対象取引が不適切であること、差異の調整が適切に行われていないことなどを主張したところ、第一審の東京地裁は、比較対象取引との差異の調整が十分でないとして、課税処分を取り消した。国側は控訴せず、納税者勝訴で確定。