馬券事件(大阪事件)

目次

個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入で利益上げるなら雑所得

概要

馬券の払戻金の所得区分について最高裁が初めて判断を下した事案。
3年間で競馬で約1億4,000万円の稼ぎがあったにも関わらずまったく申告しなかった男性が、国税局の査察を受けて所得税法違反で告発された刑事事件。
その後の類似の事案において、当該判決が参照されることとなった。元祖馬券事件。

相関図

■概要

外れ馬券の必要経費性と馬券払戻金の所得区分で言わずと知れた元祖事案。
納税者が得ていた競馬の勝馬投票券の払戻金による収入は一時所得ではなく、雑所得であり、外れ馬券を含めた全馬券の購入費用が必要経費に該当するとされた事例。
納税者の馬券購入行為は、その回数、金額が極めて多数、多額に達しており、その態様もA-PATと呼ばれるサービス及び競馬予想ソフトを用いて馬券の自動購入及び払戻金の受取等を行う機械的、網羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに特化したものであって、実際にも多額の利益を生じさせているため、一連の行為として見れば恒常的に所得を生じさせ得るものであるとして、雑所得に該当すると判断された。
なお、裁判官大谷剛彦の意見がある。

■裁判所情報

大阪地裁 平成25年5月23日判決(西田眞基裁判長)(納税者勝訴)(検察官控訴)
大阪高等裁判所 平成26年5月9日判決(米山正明裁判長)(納税者勝訴)(棄却・検察官上告)
最高裁判所 平成27年3月10日判決(大谷剛彦裁判長)(納税者勝訴)(棄却)(確定)

争点

本件における馬券の払戻金に係る所得は一時所得か雑所得か。

判決

大阪地方裁判所
→納税者勝訴(検察官控訴)
時所得であるか否かについては、所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数、数量、金額等)、態様その他の具体的状況に照らして判断するべきである。

大阪高等裁判所
→納税者勝訴(棄却・検察官上告)
ある1回の行為から生じた所得が行為の性質等に照らして一時所得と解される場合であっても、その行為が一定期間に頻繁に繰り返されることなどによって営利目的性及び継続性が認められれば、異なる所得に区分される。

最高裁判所
→納税者勝訴(棄却・確定)
営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。

一時所得と雑所得

■所得区分のあらまし
所得税法では、その性格によって所得を次の10種類に区分している。
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得である。

■当事案との関係
当事案は、納税者が馬券の払戻金によって得た所得が、上記10種類のうちいずれかに該当するかが争われたが、一時所得と雑所得以外ではあり得ないとして、本質的には、一時所得と雑所得の2者択一で争われた事案である。一時所得には、一時所得3要件と呼ばれるものがあり、除外要件、非継続性要件、非対価性要件である。(下記参照)


■上記を前提として、所得税法では、一時所得と雑所得を以下のように定義している。

■所得税法34条1項(一時所得)
一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
(除外要件、非継続性要件、非対価性要件の一時所得3要件)

■所得税法35条1項(雑所得)
雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。

キーワード

■キーワード
所得発生の蓋然性、機械的、網羅的、一時所得、偶発的、継続的行為、恒常的購入、娯楽、雑所得、社会通念、趣旨、所得区分、所得税法違反、費用収益対応

■重要概念
所得の偶発性

大阪地裁/両者の主張

納税者の主張

本件馬券の払戻金に係る所得は雑所得に該当するから、当たり馬券以外の馬券(外れ馬券)を含め1年間における馬券の購入金額全額が控除の対象となる。
仮に一時所得に該当するとしても、1年間の
馬券の購入金額全額が「その収入を得るために支出した金額」として控除の対象となる。本件の課税処分は、所得税法の解釈、適用を著しく誤ってなされたものであり、課税の根幹に関わる重大かつ明白な瑕疵があって無効である

“弁護人は、①本件における馬券の払戻金に係る所得は雑所得に分類されるべ
きであり、当たり馬券以外の馬券(外れ馬券)を含め1年間における馬券の購入金額全額が控除の対象となり、②仮に一時所得に該当するとしても、①と同様に1年間の馬券の購入金額全額が「その収入を得るために支出した金額」として控除の対象とな
るとして、これら①、②を理由に、本件各申告期限後に被告人に対して課された本件公訴事実と同様の課税処分は、所得税法の解釈、適用を著しく誤ってなされたものであり、課税の根幹に関わる重大かつ明白な瑕疵があって無効であるから、本件につきそもそも納税義務自体が存在しないと主張する。”

検察官の主張

馬券購入行為は、例え、多数回行ったとしても、それぞれ一回ずつが、独立した行為であり、継続性、恒常性を認めることはできない為、本件馬券購入行為の払戻金による所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と認めることはできない、射倖性が極めて強い行為であるから、社会通念上、営利を目的とする継続的行為と位置づけることはできない。(=除外要件、非継続性要件の充足)
先物取引及びFX取引からの所得は、当該取引は、あくまでも商品等の売買であり、取引をする者の判断で取引の方法、時期及び量を管理調節するものであるから、競馬による所得とは異なる。

“馬券購入行為が各競走の結果に対して何ら影響力を有するもので
はなく、競走の結果も偶然が作用するものであるから、馬券購入行為と払戻金を生じさせる競走結果との間には因果関係がなく、よって、馬券購入行為は多数回行ったとしてもそれぞれ独立した行為であり、継続性、恒常性を認めることはできないとして、本件馬券購入行為の払戻金による所得を「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と認めることはできない。”

“馬券を購入する行為は、払戻金を得られるか否かが偶然の作用に
よるという射倖性が極めて強い行為であることから、社会通念上、営利を目的とする継続的行為と位置づけることは明らかに失当である。”

“先物取引及びFX取引が投機性を有することは認めつつ、その本
質があくまでも商品等の売買であり、取引をする者の判断で取引の方法、時期及び量を管理調節することによって投資等の結果に対して影響を及ぼすことができることを理由に、これらと競馬による所得とは異なる。”

大阪高裁/両者の主張

納税者の主張

追加主張無し

検察官の主張

競馬、相互に法則性や関連性を持たず、競走ごとに独立して完結するから、それがいくら繰り返されても独立した勝敗の集積に過ぎず、継続的行為とは評価できない。
したがって、被告人のように多数回継続的に大量の
馬券を購入した場合でも、払戻金による所得が一時的、偶発的な所得であることに変わりはなく、所得区分に変動は生じない。よって、「営利を目的とする継続
的行為から生じた所得」とは到底いえない。
単に馬券購入の客観的記録が保存されているだけの理由で、購入行為の形態が客観性を有していると判断しているが、購入記録の存在は、所得の質に影響を与えるものではない。

“競馬の本質は賭博であり、競走結果としての勝敗は偶然の事情によ
り決せられるもので、しかも、各競走は相互に法則性や関連性を持たず、競走ごとに独立して完結するから、馬券購入行為は所得発生の基礎として独立した行為であり、それがいくら繰り返されても独立した勝敗の集積に過ぎず、継続的行為とは評価できない、したがって、被告人のように多数回継続的に大量の馬券を購入した場合でも、払戻金による所得が一時的、偶発的な所得であることに変わりはなく、所得区分に変動は生じないから、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」とは到底いえない。”

“本件馬券購入行為の形態が客観性を有して
いることを、雑所得と判断した理由に挙げている点について、単に馬券購入行為の形態が客観的記録で明らかになっているだけであり、所得の質に影響を与えるものではない。”

最高裁/両者の主張

納税者の主張

追加主張無し

検察官の主張

営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきである。
当たり馬
券の払戻金が本来は一時的、偶発的な所得であるという性質を有するし、馬券の購入行為が、
本来は社会通念上一定の所得をもたらすものとはいえない賭博の性質を有することからすると、購入の態様にかかわらず、当たり馬券の払戻金は一時所得であるとすべきである。
仮に、購入の態様に関する事情を逐一考慮して判断しなければならない
とすると、課税執行上、困難があるという執行上の問題も生ずる。

“営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否か
は、所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであり、当たり馬券の払戻金が本来は一時的、偶発的な所得であるという性質を有することや、馬券の購入行為が本来は社会通念上一定の所得をもたらすものとはいえない賭博の性質を有することからすると、購入の態様に関する事情にかかわらず、当たり馬券の払戻金は一時所得である、また、購入の態様に関する事情を考慮して判断しなければならないとすると課税事務に困難が生じる。”
両者の主張まとめ

■検察官

検察官は、馬券の購入行為について、各々一度ずつの試行に過ぎないと主張した。
例え、多数回行ったとしても、あくまでも、それぞれ一回ずつが、独立した行為であり、相互に法則性や関連性を持たず、競走ごとに独立して完結する独立した勝敗の集積に過ぎず、継続性、恒常性を認めることはできないと主張した。
先物取引及びFX取引からの所得は、取引をする者の判断で取引の方法、時期及び量を管理調節するものであるから、取引をする者の裁量性を有するため、射倖性の極めて強い競馬による所得とは異なると主張した。
又、納税者が、馬券購入記録を保存していると言って、それは購入行為の形態の客観性を証明するものではなく、所得の質に影響を与えるものではないと主張した。
当たり馬券の払戻金が、本来は、一時的、偶発的な所得であるという性質を有する上、社会通念上も、本件払戻金は、一時所得とすべきであると主張した。
さらに、仮に、購入の態様に関する事情を逐一考慮して判断しなければならないとすると、課税上困難があるという執行上の問題も生ずると指摘した。
又、本件馬券購入行為の払戻金による所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と認めることはできない、射倖性が極めて強い行為であるから、社会通念上、営利を目的とする継続的行為と位置づけることはできない。(=除外要件、非継続性要件の充足)

■納税者

本件馬券の払戻金に係る所得は雑所得に該当すると主張。
仮に、一時所得に該当するとしても、1年間の馬券の購入金額全額が「その収入を得るために支出した金額」として控除の対象となると主張した。

争点となった条文

所得税法

34条(一時所得)
1項
2項
35条(雑所得)
1項
2項
37条(必要経費)
1項
241条(罰則)(正当な理由)

所得税基本通達

34-1(一時所得の例示)

大阪地裁/平成25年5月23日判決(西田眞基裁判長)/(納税者勝訴)(検察官控訴)

所得税法34条1項は、一時所得について、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」と規定する。すなわち、一時所得は、一時的かつ偶発的に生じた所得である点にその特色があり、一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく、逆にそのような所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。
一時所得か雑所得かの認定には、当該所得の継続性、恒常性が基準となると解するのが相当である。

“所得税法34条1項は、一時所得について、「利子所得、配当所得、不動産所得、
事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」と規定する。すなわち、一時所得は、一時的かつ偶発的に生じた所得である点にその特色があるといえる。したがって、所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく、逆にそのような所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。そして、そのような意味における所得源泉性を認め得るか否かは、当該所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の継続性、恒常性があるか否かが基準となるものと解するのが相当である。”

一度きりの行為として見た場合、臨時的、不規則的な所得であっても、強度に連続することによって、その所得が質的に変化して、継続性、恒常性を獲得し、所得源泉性を有することとなる場合がある。

このような所得源泉性を有するか否かについては、結局、所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数、数量、金額等)、態様その他の具体的状況に照らして判断することになる。

“所得の基礎が所得源泉となり得ない臨時的、不規則的なものの場合、たとえこれが
若干連続してもその一時所得としての性質に何ら変わるところはない。
しかし、一回
的な行為として見た場合所得源泉とは認め難いものであっても、これが強度に連続することによって、その所得が質的に変化して上記の継続性、恒常性を獲得し、所得源泉性を有することとなる場合があることは否定できない。
そして、このような所得源
泉性を有するか否かについては、結局、所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数、数量、金額等)、態様その他の具体的状況に照らして判断することになる。”

競馬は、一般的には、趣味、嗜好、娯楽等の要素が強いものであり、レースの結果についても、出走した馬の着順には、天候、出走馬の体調等様々な事象の影響があり、さらに、そうした事象が及ぼす影響力はレースごとに異なると考えられる。一般的には、馬券購入が払戻金獲得に結び付くかは偶然に左右されることに加え、馬券購入者は投票ごとに、その都度買い目を選択し馬券を購入していることからすれば、各馬券購入行為の間に継続性又は回帰性があるとは認められない。
よって、原則として、馬券購入行為から生じた所得は一時所得に該当する。

“競馬に興じる者の多くは、その投票により払戻金を獲得するという営利の目的を有
していることは否定できない。しかし、競馬の勝馬投票は、一般的には、趣味、嗜好、娯楽等の要素が強いものであり、馬券の購入費用は一種の楽しみ賃に該当し、馬券の購入は、所得の処分行為ないし消費としての性質を有するといえる。また、レースの結果についても、出走した馬の着順には、天候、出走馬の体調等様々な事象の影響があり、さらに、そうした事象が及ぼす影響力はレースごとに異なると考えられる。”

“そのため、一般的には、馬券購入による払戻金の獲得は多分に偶発的である。
また、馬券の購入を継続して行ったとしても、一般的には、上記のとおり馬券購入が払戻金獲得に結び付くかは偶然に左右されることに加え、馬券購入者は投票ごとにその都度の判断に基づいて買い目を選択し馬券を購入しているといえることからすれば、各馬券購入行為の間に継続性又は回帰性があるとは認められず、繰り返し馬券を購入したとしてもその払戻金に係る所得が質的に変化しているとはいい難い。”

“よって、原則として、馬券購入行為については、所得源泉としての継続性、恒常性
が認められず、当該行為から生じた所得は一時所得に該当する。”

被告人は、平成16年から平成21年にかけて、ほとんど全てのレースにおいて馬券を購入した。
競馬開催日1日当たり数百から多いときには1000を超える買い目について馬券を購入し、その購入金額は1日1000万円以上に上ることがほとんどであり、その結果、平成19年度から平成21年度の3年間で馬券購入金額は合計28億円を超えている。

A-PAT及び本件ソフトを
用いることにより、ほぼ全てのレースにおいて無差別に、機械的・網羅的に購入することで、5年間にわたって毎年多額の利益を得てきた。
馬券を購入したことは本件ソフトのデータやA-PATに係る銀行取引履歴の形で記録されており、大量かつ継続的、機械的な購入行為であったことは客観的事実である。

被告人の本件馬券購入行為は、その態様からすれば、
利益を得るための資産運用の一種として行われたものと理解することができ

被告人の本件馬券購入行為は、一般的な馬券購入行為と異なり
、その回数、金額が極めて多数、多額に達しており、その態様も機械的、網羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに特化したものであって、実際にも多額の利益を生じさせ、購入記録を有することからその客観性を有し、又、その行為は娯楽の域にとどまるものとはいい難い。

以上を総合すると、被告人の本件馬券購入行為は、一連の行為として見れば
継続性、恒常性を獲得したものということができるから、当該行為から生じた所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」には該当せず、一時所得に当たらないというべきである。よって、雑所得に分類される

“被告人は、前記第2の4のとおり、平成16年から平成21年にかけて、全競馬場の新馬戦及び障害レースを除く全てのレースにおいて馬券を購入した。
競馬開催日1日当たり数百から多いときには1000を超える買い目について馬券を購入し、その購入金額は1日1000万円以上に上ることがほとんどであり、その結果、平成19年度から平成21年度の3年間で馬券購入金額は合計28億円を超えている。”

“また、被告人は、特定のレースにおいて特定の買い目を当てることによって
利益を出すのではなく、前記第2の4のとおり、A-PAT及び本件ソフトを用いることにより、ほぼ全てのレースにおいて無差別に、専ら回収率に着目して過去の競馬データの分析結果から導き出された一定の条件に合致するものとして機械的に選択された馬券を網羅的に購入することで、長期的観点から全体として利益を得ようと考え、実際にもそのような方法により馬券を購入し、現に5年間にわたって毎年多額の利益を得てきた。”

“さらに、被告人がこのような方法によって馬券を購入したことは本件ソフト
のデータやA-PATに係る銀行取引履歴の形で記録されており、本件馬券購入行為が大量かつ継続的、機械的なものであったことは客観性を帯びた事実である。”

“そして、被告人の本件馬券購入行為は、その態様からすれば、競馬を娯楽と
して楽しむためではなく、むしろ利益を得るための資産運用の一種として行われたものと理解することができ、被告人も、その供述するとおり、そのようなものとして捉えていたものと認められる。”

“このように、被告人の本件馬券購入行為は、一般的な馬券購入行為と異なり
、その回数、金額が極めて多数、多額に達しており、その態様も機械的、網羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに特化したものであって、実際にも多額の利益を生じさせている。また、そのような本件馬券購入行為の形態は客観性を有している。そして、本件馬券購入行為は娯楽の域にとどまるものとはいい難い。”

“以上を総合すると、被告人の本件馬券購入行為は、一連の行為として見れば
恒常的に所得を生じさせ得るものであって、その払戻金については、その所得が質的に変化して源泉性を認めるに足りる程度の継続性、恒常性を獲得したものということができるから、所得源泉性を有するものと認めるのが相当である。”

検察官は、競走の結果は偶然が作用するものであるから、馬券購入行為と払戻金を生じさせる競走結果との間には因果関係がなく、よって、馬券購入行為は多数回行ったとしてもそれぞれ独立した行為であり、継続性、恒常性を認めることはできないとして、本件馬券購入行為の払戻金による所得を「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と認めることはできないと主張するが馬券購入行為とそれによって得られる収入に一定の因果関係があることは明らかである。競走結果のみを取り上げて馬券購入行為との関係を論ずる検察官の主張は当を得ない。

一回的な行為として見たときには偶
発的所得として一時所得の性質を有するものであっても、これが連続して継続的行為となることで所得の性質が変化し、雑所得等他の所得になる可能性がある。

本件馬券購入行為については、
継続性、恒常性が認められ、これによる所得の性質が変化するに至ったと見られるのであるから、幾ら大量かつ多額の馬券を反復、継続して購入しても馬券購入行為の性質ないし本質は変わらないとして、本件馬券購入行為についてまでも継続性、恒常性を認めず、その払戻金に係る所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たらないとする検察官の主張は採り得ない。

確かに、馬券購入行為が有する高度の投機性及び射倖性から、社会通念上、
競馬とはギャンブルであって、生計を立てるためにこれを利用することは想定し難いと認識されている。

しかし、「営利を目的とする継続的行為」であるかどうかは、所得発生の蓋然性という観点から所得の
基礎となる行為の規模(回数、数量、金額等)、態様その他の具体的状況を総合して判断をすべきである。

また、競馬と先物取引及びFX取引とは射倖性がある
点において共通するのであるから、そもそも射幸性があるからといって「営利を目的とする継続的行為」への該当性を否定することはできない。

“検察官は、馬券購入行為が各競走の結果に対して何ら影響力を有するものではなく、競走の結果も偶然が作用するものであるから、馬券購入行為と払戻金を生じさせる競走結果との間には因果関係がなく、よって、馬券購入行為は多数回行ったとしてもそれぞれ独立した行為であり、継続性、恒常性を認めることはできないとして、本件馬券購入行為の払戻金による所得を「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と認めることはできないと主張する。”

“しかし、まず、馬券購入行為による収入とは払戻金であって、払戻金の有無
及び金額は購入した馬券の買い目及び金額に左右される上、馬券の購入数は全体としてオッズに影響を及ぼすのであるから、馬券購入行為とそれによって得られる収入に一定の因果関係があることは明らかである。競走結果のみを取り上げて馬券購入行為との関係を論ずる検察官の主張は当を得ない。確かに、個々のレースについては競走結果が偶然に左右され、したがって、購入した当該馬券に対する払戻金の有無及び金額も偶然に左右されることは検察官主張のとおりであるが、後述するとおりFX取引等の投機的取引の所得分類にも照らし、収入の有無及び金額が偶然に左右されることの一事をもって所得源泉性を否定することはできない。”

“一回的な行為として見たときには偶
発的所得として一時所得の性質を有するものであっても、これが連続して継続的行為となることで所得の性質が変化し、雑所得等他の所得になる可能性があるものというべきである。本件馬券購入行為については、既に述べたように、源泉性を認めるに足りる継続性、恒常性が認められ、これによる所得の性質が変化するに至ったと見られるのであるから、幾ら大量かつ多額の馬券を反復、継続して購入しても馬券購入行為の性質ないし本質は変わらないとして、本件馬券購入行為についてまでも継続性、恒常性を認めず、その払戻金に係る所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たらないとする検察官の主張は採り得ない。”

検察官は、馬券を購入する行為は、払戻金を得られるか否かが偶然の作用によるという射倖性が極めて強い行為であることから、社会通念上、営利を目的とする継続的行為と位置づけることは明らかに失当であると主張する。

“確かに、馬券購入行為が有する高度の投機性及び射倖性から、社会通念上、
競馬とはギャンブルであって、生計を立てるためにこれを利用することは想定し難いものであり、むしろ余暇に楽しむ娯楽として認識されている。
しかし、上記のような競馬に対する社会通念は、事業所得における事業性の判断においてはこれを否定する方向に働くものではあるが、「営利を目的とする継続的行為」の判断においては、直ちに否定的影響を及ぼすものではない。なぜなら、これは営利性及び所得源泉性を意味するものであるが、ここで求められる営利性は、文字通り財産上の利益を目的とすることであり、また、所得源泉性については、既に述べたとおり所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数、数量、金額等)、態様その他の具体的状況を総合して判断すべきものだからである。”

“その所得が雑所得に分類されている先物取引及び外国為替証拠金取引
(FX取引)について見ると、少ない資金で大きな量の取引を行うことが可能なため、取引態様によっては、大きな利益を得られる一方で短時間に多額の損失を被る危険性も有しており、その投機性は非常に高いといえる。”

“さらに、利
益を得られるか否かについては商品取引相場又は外国為替相場及び利率の変動等に左右されることとなるが、この変動を生じさせる原因となる事象が全て予測可能なわけではなく、一定程度偶然が作用していることは否定できない。

“ま
た、先物取引及びFX取引については、取引対象物の獲得を主たる目的とするのではなく、当該取引を行うことによって得られる差額により利益を得ることを目的としてなされることが多く、一般的にもそのようなものとして認識されている。そうであるとすれば、競馬と先物取引及びFX取引とは射倖性がある点において共通するのであるから、そもそも射幸性があるからといって「営利を目的とする継続的行為」への該当性を否定することはできない。”

大阪高裁/平成26年5月9日判決(米山正明裁判長)/(納税者勝訴)/(棄却・検察官上告)

一時所得の沿革を見ると、一時所得は、利子所得等の所得分類に該当しない補充的な所得分類であり、一時的、偶発的に生じた所得である点に特色があるといえる。

被告人の本件馬券購入行為の態様は、競馬予想
ソフト等を利用して、回収率に着目し、機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて全体として利益を得ようとするものである。本件馬券購入行為は、その全体を一連の行為としてとらえるべきであり、その払戻金による所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たり、一時所得ではなく雑所得であると解するのが相当である。

確かに競馬は賭博であ
るが、所得税法34条1項は、一時所得の除外要件として「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と規定しているから、射倖性から、同要件の該当性が否定されることにはならない。

そして、1つの馬券購入行為がそれ自体独立した行為であるとしても、単に
繰り返されただけではなく、一定の条件下で機械的、網羅的に購入され、個々の購入行為の独立性が希薄になっている場合、全体的に見れば継続性を帯びることは否定できない。そして、賭博による利得であっても、継続的に発生している場合には、雑所得に該当することは承認されてよい。

“一時所得の沿革を見ると、戦前の所得税法では、一定の所得源泉から生じた利得のみを課税対象とする考え方が支配的で、一時的又は偶発的な所得は課税対象から除外されてきたが、暫時これらを課税対象とする方向に進み、昭和22年の所得税法の第2次改正で、他の所得分類に該当しない所得のう
ち「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」が課税対象とされ、なお、昭和25年に雑所得も課税対象となり、さらに、昭和27年の改正時に、一時所得を偶発的な所得に限定するとの考え方に基づいて、一時所得に「労務その他の役務の対価たる性質を有しないもの」との文言が追加されたというものである。”

“このような沿革から見ても、一時所得は、利子所得等の所得分類に該当しな
い補充的な所得分類であり、一時的、偶発的に生じた所得である点に特色があるといえる。もっとも、原判決がいう所得源泉性がどのような概念かは上記判断要素によってもなお不明確である上、一時所得や雑所得をも課税対象とした現行の所得税法の下で、これを一時所得かどうかの判断基準として用いるのには疑問がある。また、原判決は、一回的な行為として見た場合所得源泉とは認め難いものであっても、強度に連続することによって所得が質的に変化して(所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の)継続性、恒常性を獲得すれば、所得源泉性を有する場合がある旨説示するのであるが、結局、所得源泉という概念から継続的所得という要件が導かれるわけではなく、どのような場合に所得が質的に変化して所得源泉性が認められるのかは明らかでなく、それ自体に判断基準としての有用性を見いだせない。”

“そうすると、一時所得に当たるかどうかは、所得税法34条1項の文言に従い、同項の冒頭に列挙された利子所得から譲渡所得までの所得類型以外の所得のうち、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」で「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」かどうかを判断すれば足り、前者については、所得源泉性などという概念を媒介とすることなく、行為の態様、規模その他の具体的状況に照らして、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」かどうかを判断するのが相当である。”

“「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」
の要件は、利子所得等の所得分類に当たらない補充的な所得分類の中で、一時所得と雑所得を区分するものとなっており、「営利を目的とする継続的行為」については、発生する所得が一時的、偶発的な所得であることを否定するに足りる程度のものが求められるといえるが、前記の沿革を踏まえても、上記の要件が以前から課税対象であった継続的、恒常的な所得と一時所得を峻別するものとは考え難い。”

“また、「営利を目的とする継続的行為」の判断は、同要件の内容自体からし
て、行為の本来の性質だけではなく、行われる回数や頻度等の反復性及び規模に関する事情を当然に考慮に入れるべきであり、ある1回の行為から生じた所得が行為の性質等に照らして一時所得と解される場合であっても、その行為が一定期間に頻繁に繰り返されることなどによって営利目的性及び継続性が認められれば、異なる所得に区分されることを肯定すべきである。”

“被告人は、平成16年から平成21年にかけて、日本中央競馬会(JRA)の提供するPAT口座で決済するサービスと競馬予想ソフトを利用し、インターネットで馬券を購入した。その具体的な方法は、同ソフトを用いて、過去10年分の統計や競馬情報配信サービスから配信された情報等の競馬データを分析し、回収率に着目し、約40の条件を設定して出走馬に点数を付け、検証結果のうち一定の基準を充足したものをユーザー抽出条件として設定した上、PAT口座の残高に一定の数式を用いて自動算出した掛金で、馬券を自動購入するよう設定し、条件に合致する馬券を機械的、網羅的に大量購入することを反覆継続するものであった。被告人は、多くの場合、週の金曜日の夜にパソコンと上記ソフトを起動し、競馬が開催される土曜日と日曜日に馬券の自動購入を行わせ、日曜日夜にその結果を確認していた。

被告人は、平成16年にPAT口座に100万円を入金した後、適宜条件設
定の見直しを行いながら、上記の方法で約5年間にわたり、当初を除き1日に数百万あるいは数千万円単位で、新馬戦及び障害レースを除く全競馬場の全レースを対象に、基準を充足したものについて馬券を購入し続けた。”
“被告人の本件馬券購入行為の態様は、競馬予想ソフト等を利用して、回収率に着目し、一定の基準を充足する出走馬についてPAT口座の残高から算出される掛金で馬券を自動購入するよう設定し、条件に合致する馬券を、機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて全体として利益を得ようとするものである。その規模は、数年間にわたり、1日に数百万あるいは数千万円単位で、新馬戦等を除く全競馬場の全レースを対象に、基準を充足する馬券を購入し続けるというもので、平成19年分から平成21年分の3年間で、28億円以上の馬券を購入し、30億円以上の払戻金を得るという、極めて大きな規模のものであった。これらの事実は、被告人の本件馬券購入行為について、その購入及び払戻しの履歴が記録化されていることから、客観的にも明らかである。”

“本件馬券購入行為は、態様や規模が以上のようなものであり、それが客観的
に明らかであることに鑑みると、その全体を一連の行為としてとらえるべきであり、その払戻金による所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たり、一時所得ではなく雑所得であると解するのが相当である。”

“確かに競馬は賭博であり、馬券購入によって払戻金を得られるかどうかは偶
然に左右されるところが大きく、射倖性を有するものである。しかし、所得税法34条1項は、一時所得の除外要件として「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と規定しているから、賭博であり、払戻金の獲得が偶然に左右されること(所得の発生に偶然の要素があること)や射倖性から、同要件の該当性が直ちに否定されることにはならない。”

“そして、1つの馬券購入行為がそれ自体独立した行為であるとしても、単に
繰り返されただけではなく、一定の条件下で機械的、網羅的に購入され、個々の購入行為の独立性が希薄になっている場合、全体的に見れば継続性を帯びることは否定できない。そして、賭博による利得であっても、継続的に発生している場合には、雑所得に該当することは承認されてよい。所論は、馬券購入行為の本質から判断すべきことを主張するが、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件の判断に際し、行為の回数、頻度等を考慮に入れるべきことは、前記のとおりであって、馬券の大量購入を反覆継続した被告人の行為について営利目的や継続性を否定することはできない。したがって、所論は採用できない。”

“被告人の本件馬券購入行為が、客観的に認められる態様や規模に照らして「営利を目的とする継続的行為」に当たるというべきことは前記のとおりである以上、被告人以外の場合であっても、払戻金
を得た者の馬券購入行為が、同様に客観的に認められる態様や規模に照らして「営利を目的とする継続的行為」に当たると認められる場合には、同様に雑所得になると解釈すべきことになる。”

“所論は、このような解釈を採った場合、馬券の払戻金について統一的に考え
ることができず、一時所得の場合と雑所得の場合の区分が困難となるという批判を含むものと理解できる。しかし、馬券の払戻金について画一的に一時所得と解することは、一般の競馬愛好家による一時的、臨時的な収入については妥当であるとしても、馬券購入をめぐる環境に変化が生じている中で、被告人がしたような態様と規模の馬券購入行為を想定すると、むしろ実態に即さず、所得税法の文言にも適合しない解釈というべきである。

そして、少なくとも、被
告人の本件馬券購入行為と同様に、購入や払戻しの履歴が記録化され、態様や規模が客観的に明らかになる馬券購入行為については、その払戻金に課税しようとする場合、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか、「(それ)以外の一時の所得」に当たるのかを明確に判断できるから、異なる所得区分になることを認める解釈によって生じる弊害も考えにくいといえる。”

“原判決
が摘示するように、本件馬券購入行為については、その購入や払戻しの詳細な状況が競馬予想ソフトのデータや銀行取引履歴の形で記録化され、行為の態様や規模が客観的にも明らかとなっている。このことは、「営利を目的とする継続的行為」の要件そのものではないとしても、通常は一時所得に区分される一般の競馬愛好家による馬券購入とは形態や目的が異なることを明確に認定させる資料が備わっていることを意味しており、このように記録化により客観性が担保されていることは、特則として別の所得区分を適用する上での重要な要素であると考えることができる。したがって、原判決が、記録化による客観性の点を挙げ、本件馬券購入行為から生じた所得について雑所得と認定する際の理由としたことは相当である。”

“なお、所得税基本通達34-1は、競馬の馬券の払戻金等は一時所得に該当
すると例示しているが、行政解釈にすぎないこと、そして、同通達の発出当時、被告人がしたような馬券購入行為が想定されていなかったこと、所得税基本通達の前文の趣旨に照らしても、個々の具体的事案に妥当する判断が求められるというべきことなどは、原判決が説示したとおりである。”

“原判決は、本件馬券購入行為の規模や態様等を検討した上で、一連
の行為として見れば恒常的に所得を生じさせ得るものであり、実際にも多額の利益を生じさせていると触れているにすぎないのであり、所論の原判決の理解は正当ではない。そして、「営利を目的とする継続的行為」の要件について検討すると、その行為には、発生する所得が一時的、偶発的な所得であることを否定するに足りる程度のものが求められるが、収支が常に黒字であることまで求められることはなく、年度や時期による収支によって所得区分が変わる結果になることもないというべきである。したがって、所論は失当である。”

最高裁/平成27年3月10日判決(大谷剛彦裁判長)/(納税者勝訴)(棄却)(確定)

所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。

被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定
と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの本件事実関係の下では、払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした原判断は正当である。

“所得税法上、営利を目的とする継続的行為から生じた所得は、一時所得ではなく雑所得に区分されるところ、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。”

“これに対し、検察官は、営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否か
は、所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであり、当たり馬券の払戻金が本来は一時的、偶発的な所得であるという性質を有することや、馬券の購入行為が本来は社会通念上一定の所得をもたらすものとはいえない賭博の性質を有することからすると、購入の態様に関する事情にかかわらず、当たり馬券の払戻金は一時所得である、また、購入の態様に関する事情を考慮して判断しなければならないとすると課税事務に困難が生じる旨主張する。”

“しかしながら、所得税法の沿革を見て
も、およそ営利を目的とする継続的行為から生じた所得に関し、所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈がされていたとは認められない上、いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては、所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし、所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考察すべきであるから、当たり馬券の払戻金の本来的な性質が一時的、偶発的な所得であるとの一事から営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではない。また、画一的な課税事務の便宜等をもって一時所得に当たるか雑所得に当たるかを決するのは相当でない。よって、検察官の主張は採用できない。”

“以上によれば、被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定
と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの本件事実関係の下では、払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした原判断は正当である。”

なお、裁判官大谷剛彦の意見がある。

外れ馬券の購入代金を必要経費として控除できるとした原判決には法令違反があるといわざるを得ない

当たり馬券の払戻金は、当該当たり馬券によって発生し、外れ馬券はその発生に何ら関係するものではないから、検
察官が主張するとおり、外れ馬券の購入代金は、単なる損失以上のものではなく、払戻金とは対応関係にない。本件の外れ馬券の購入代金を所得税法37条1項前段の「直接に要した費用」として必要経費に当たるとしたのは法令解釈の誤りであり、同項後段の「所得を生ずべき業務について生じた費用」として必要経費に当たると解し得るかについても疑問がある。

また、そもそも外れ馬券の必要経費該当性が否定されるとすれば、基本的には一回的、偶発的な性質を有する払戻金の収益を、あえて、その態様を重視して、課税対象金額が2分の1に減額される措置により控除の点を除けば一般的には納税者に有利となる一時所得ではなく、雑所得に区分する必要
もないと思われる

私は、本件において当たり馬券の払戻金が一時所得ではなく雑所得に当たると解したとしても、外れ馬券の購入代金を必要経費として控除できるとした原判決には法令違反があるといわざるを得ないが、本件事案の特殊性に鑑み、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえないと考えるので、検察官の上告を棄却する法廷意見と結論を同じくするものである。

本件では、当たり馬券の払戻金が一時所得に当たるか雑所得に当たるかの所得区分
が主たる争点とされたが、この点が争われた背景には、一時所得であれば直接的な費用の控除しか認められないが、雑所得であれば必要経費の控除が認められ、所得区分によって課税所得金額が大きく異なり得ることがあったのであり、必要経費該当性の検討も所得区分の検討と同様に重要である。

所得税法37条1項において、必要経費とは「売上原価その他当該総収入金額を得
るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額」とされており、例示に掲げられている費用からみても、一般的には収益と対応する費用が必要経費に当たると解されているものと思われる。

これを馬券の購入についてみると、当たり馬券の払戻金は、当該当
たり馬券によって発生し、外れ馬券はその発生に何ら関係するものではないから、検察官が主張するとおり、外れ馬券の購入代金は、単なる損失以上のものではなく、払戻金とは対応関係にないといわざるを得ない。

本件の馬券の購入態様は、長期間にわ
たり多数回かつ頻繁に網羅的な購入をする特殊な態様であり、法廷意見は一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえると評価するが、得られる払戻金の一回性、偶然性という収益としての性質は変わらないのであり、長期間にわたり多数回かつ頻繁に網羅的な購入を繰り返したからといって、なぜ本来単なる損失である外れ馬券の購入代金が当たり馬券の払戻金と対応関係を持つことになるのかは必ずしも明らかではない。また、いかなる購入金額であろうと外れ馬券の購入代金の全額が必要経費に当たり得るとの判断は、広く一般の国民から理解を得るのは難しいのではなかろうか。

以上に述べたことから、原判決が、本件の外れ馬券の購入代金を所得税法37条1
項前段の「直接に要した費用」として必要経費に当たるとしたのは法令解釈の誤りであり、同項後段の「所得を生ずべき業務について生じた費用」として必要経費に当たると解し得るかについても疑問がある。

また、そもそも外れ馬券の必要経費該当性が
否定されるとすれば、基本的には一回的、偶発的な性質を有する払戻金の収益を、あえて、その態様を重視して、課税対象金額が2分の1に減額される措置により控除の点を除けば一般的には納税者に有利となる一時所得ではなく、雑所得に区分する必要もないと思われる。

しかしながら、私は、本件事案の特殊性に鑑み、また、巨額に累積した脱税額を被
告人に負担させることの当否には検討の余地があり、原判決は上記の解釈により負担額の縮小を図ったとも理解できるところであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえないと考えるものである。

その上で、本来的には娯楽の世界にあった競馬について、大量のデータを用いて自
動的に馬券を抽出してインターネットを介して購入することが可能なソフトが開発され、これを利用したビジネス性を持つ活動が現れているようであり、また、本件を機に、本件に類する活動も考えられる。このような状況において、課税の公平、安定性の観点から、課税対象を明確にして妥当な税率を課すなどの特例措置を設けることも必要と思われるので指摘しておきたい。”
判示内容まとめ

■地裁、高裁、最高裁いずれも納税者勝訴。

■最高裁は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否か」の判断は、「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。」とし、納税者が、「ソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいて」「長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない」「網羅的な購入」により、「多額の利益を恒常的に上げ」ていたことから、本件払戻金は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるから、所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした。

■最高裁の大谷裁判官の意見が付されており、当たり馬券の払戻金は、当該当たり馬券によって発生するもので、外れ馬券はその発生に何ら関係するものではない」と意見している。大谷裁判官は、「検察官が主張するとおり、外れ馬券の購入代金は、単なる損失以上のものではなく、払戻金とは対応関係にない」から、外れ馬券を必要経費にできるとした高裁の判決は疑問を呈している。しかし、「原判決を破棄しなければ著しく正義に反するとまではいえない」ため、原判決を維持した。

■「ある所得が営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当」との当判決は、のちの「札幌事件」以後、多くの馬券事件で引用されている。

■歴史的沿革から、担税力を一時所得と雑所得との相違点にあげた。FXや先物取引も射倖性を有することから、ギャンブルであるからといって即時に「営利性」「継続性」を否定できるわけではないとし、長期間にわたり、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をすることで、恒常的に利益を得ているという実態を重視し、担税力を有する所得であるとして、雑所得に該当するとされた。

認定事実

■中央競馬は日本中央競馬会(JRA)が主催する競馬であり、全国に10か所ある競馬場の2ないし3か所において、年間288日開催されている。開催日は、基本的には毎週土曜日と日曜日である。各競馬場では、他の競馬場で行われている競馬の馬券も購入することができる。

■各競馬場では、基本的には1日に12レースが行われ、各レースにおいて最大18
頭の馬が出走する。その際、出走する馬には1ないし18のいずれかの馬番号及び1ないし8のいずれかの枠番号が割り当てられており、これらの馬番号及び枠番号を用いて勝馬投票が行われる。

■購入された馬券の総額から、約75パーセントが払戻金として的中者に分配される
。残りの約25パーセントについては、原則として、約10パーセントが国庫に納付され、約15パーセントが中央競馬の運営に充てられることになる。

■馬券の購入方法等
馬券の購入方法及び的中馬券の払戻方法としては、①競馬場又は場外勝馬投票券発売所において、自動発売機に現金と購入したい馬券の内容を記入したマークカードを投入するか、有人の窓口で購入したい馬券を口頭で伝えて、馬券を購入し、払戻しの際には、100万円未満の払戻しであれば的中馬券を自動払戻機に投入して払戻金を現金で受け取り、払戻額が100万円以上の場合には有人の窓口において馬券との交換により現金を受け取る方法と、②JRAが提供するA-PAT〔パソコン、携帯電話及びプッシュホン電話により馬券を購入することができ、利用時の馬券の購入金の支払い及び払戻金の受領等の決済は全て、加入時に開設したA-PAT専用の銀行口座(PAT口座)を通じて行われる。〕又は即PAT(パソコン、携帯電話により馬券を購入することができ、利用時の馬券の購入金額の支払い及び払戻金の受領は全て、加入時に登録した特定の銀行口座を通して行われ、馬券の発売時間帯にも入出金が可能である。)というサービスを利用する方法がある。

■被告人は、前記A-PATと呼ばれるサービス及び「甲」という競馬予想ソフト(
本件ソフト)を用いて馬券の購入及び払戻金の受取等を行っていた。

■A-PAT
被告人は、JRAの提供するA-PATを利用し、パソコンからインターネットを通じて馬券を購入していた。

PAT口座は原則として土曜日及び日曜日の入出金が不可能であるため、土
日については直前の金曜日の所定の時間における口座残高の範囲内で馬券を購入することとなる。ただし、購入した馬券が的中した場合の払戻金については、それを次のレースから馬券の購入資金に充てることができる。

PAT口座への入出金は、その投票が行われた競馬開催日の翌銀行営業日(
通常月曜日)に行われる。PAT口座において、的中馬券の払戻金の合計額が振込入金され、馬券購入額の合計額が振替出金される。そのため、PAT口座の入出金の記録には、土曜日と日曜日に購入した全馬券の合計金額が「出金」として記録され、それらの馬券の合計払戻金(返還金を含む。)が「入金」として記録される。

JRAのシステム上においては、個々のレースの購入及び払戻しの結果が管
理されており、それによって各レース結果の確定時点での会員の預金残高、すなわち馬券の購入限度額が随時管理されている。そして、A-PATの利用者は、A-PATシステムにアクセスし照会メニューを操作する等の方法により、自身の購入及び払戻成績並びに購入可能残高を随時照会することができる。

■本件ソフト
本件ソフトは、Data-LaboやJRDBが提供する競馬データを利用して、馬柱(各馬の過去のレース結果等も示した出馬表)の表示、買い目の抽出及びA-PATを通じた馬券の自動購入等を行うことができる、有料のソフトウェアである。

本件ソフトの機能としては、①Data-Laboによって提供される、主
に馬柱の表示に必要な最新の競馬データをユーザーによるパソコン操作を要せず自動的にダウンロードする機能(自動メンテナンス機能)、馬体重、オッズ及び払戻情報等のリアルタイムの競馬データを自動的にダウンロードする機能(当日情報自動取得機能)のほか、②出走馬ごとに「得点」(デフォルト得点)を計算し、そのデフォルト得点に基づいて独自の抽出条件(デフォルト抽出条件)により馬券の買い目を抽出する機能、③抽出された買い目をA-PATを通じて自動的に購入する機能(自動購入機能)、④本件ソフトを通じて購入した馬券とその的中の有無を記録し、後日それを確認し、集計して分析することが可能となる機能、⑤Data-Laboによって提供されている過去10年以上のデータに基づいて、ユーザーが任意に設定した条件に当てはまる買い目を買った場合の購入した買い目の数に対する的中した買い目の数の比率(的中率)及び合計購入金額に対する合計払戻金の比率(回収率)を計算して表示する機能等が備わっている。

なお、買い目の抽出については、デフォルト得点及びデフォルト抽出条件に
代えてユーザーが独自に考案した得点(ユーザー得点)及び抽出条件(ユーザー抽出条件)を用いて買い目を抽出させることが可能である。また、どの買い目をいくら購入するかについては、ユーザーは自由に設定することができる。

■被告人の行っていた馬券の購入方法
被告人は、過去約10年分の競馬データを分析して、独自に考え出したユーザー得点及びユーザー抽出条件を設定し、PAT口座の残高に応じた購入金額で馬券を自動購入していた。

■その具体的な方法は以下のとおりである。
(1) 過去の競馬データの分析
被告人は、的中率ではなく回収率に着目し、回収率に影響を与え得るファクターについて、それが回収率と普遍的な傾向が認められるか否かを本件ソフトの有する機能を用いて検証した。
そして、検証の結果、回収率との関係に明確な傾向が見いだせないファクターや、普遍的な傾向が見いだせないファクターについては、ユーザー得点に反映させないようにした。
このような行為を休日を利用して数か月繰り返し、前走着順、競走馬の血統、騎手、枠順、性別及び負担重量などの思いつく様々なファクターを検証した結果、最終的に約40のファクターを採用した。
(2) ユーザー得点の計算式の作成
前記(1)のとおり採用した約40のファクターに基づき、回収率の高い馬の得点が高くなるように、ユーザー得点の計算式を作成した。
(3) ユーザー抽出条件の作成
前記(1)及び(2)のように回収率の高い馬に高いユーザー得点が算出されることとなれば、得点のより高い馬又はそれらの馬の組合せに対応する買い目ほど回収率は高くなることが予想される。そこで、被告人は、馬単、馬連等の馬券の種類ごとに、ユーザー得点が何点以上であれば回収率が100パーセントを超え馬券の購入費用を超える金額の払戻金が得られる見込みが高いのかを、過去のデータに基づいて検証した。そして、その検証の結果をユーザー抽出条件として設定した。

■金額式の作成
被告人は、前記(1)ないし(3)の作業により、どのような買い目の馬券を購入するかを確定させた後、それぞれの馬券の購入金額を決めるための金額式を作成した。
被告人は、競馬に使用する資金を100万円と決めてPAT口座に入金し、これがなくなった時点で馬券の購入をやめるつもりであった。そこで、PAT口座の残額が増えた場合にはそれに応じて馬券の購入金額を増やし、PAT口座の残額が減ればそれに伴い購入金額も小さくなるような金額式を作成し、想定外の連敗が続いたとしてもPAT口座の残高がすぐに底をつくことがないようにした。
具体的には、被告人は、PAT口座の現在の残高金額に一定の係数を乗じてオッズで除した金額式を設定した。被告人が、上記のようにオッズに反比例するように購入金額を決定する金額式を設定したのは、高倍率のオッズの馬券が的中するか否かに全体の成績が大きく左右されることのないようにして、収支を安定させるためである。また、上記係数は、被告人が過去の競馬データを用いてシミュレーションした結果導き出した、PAT口座の残高が効率よく増えるような最適値である。
以上のようにして被告人は、PAT口座の残額に応じて、収支の安定を図り、かつ効率よく残高を増やすことができるような金額式を作成した。

■自動購入
本件ソフトにはユーザー抽出条件によって抽出された買い目を、A-PATを通じ、ユーザーによるパソコン等の操作を要せず自動的に購入する機能がある。自動運転ウィンドウにある「自動投票」アイコンをクリックすることで、自動購入機能はオンになる。
そして、この自動購入機能に自動メンテナンス機能及び当日情報自動取得機能を組み合わせることによって、ユーザーが長期不在であっても、パソコンの電源を切らない限り、本件ソフトが自動的にダウンロードするオッズ等の情報を基に、馬券を自動的に購入し続けることが可能となる。
被告人は、本件ソフトの設定が完了した後は、本件ソフトの自動購入機能、自動メンテナンス機能及び当日情報自動取得機能を使用し、全ての競馬場の、新馬戦と障害レースを除く全てのレースにおいて、ユーザー抽出条件によって抽出した買い目の馬券を、前記金額式によって算出した金額分購入していた。被告人は、土日はパソコンをつけたまま外出することが多く、ときには、2週間以上パソコンをつけたままにして自動的に馬券を購入したこともある。
被告人が購入した馬券のうち、当たり馬券の払戻金については、A-PATを通じて、自動的に被告人のPAT口座に入金された。
なお、被告人は、半年ほど同一のユーザー得点及びユーザー抽出条件で購入した結果、収支がプラスになりそうにないと判断すれば、ユーザー得点及びユーザー抽出条件の設定を適宜見直していた。また、年末年始のようにまとまった時間がとれる場合にも、ユーザー得点及びユーザー抽出条件の見直しをしていた。

■被告人の馬券購入の収支
被告人は、平成16年にPAT口座に100万円を入金して以来、追加の入金は一切していない。
適宜の改変をしつつ本件ソフトを使用して馬券を購入し続けた結果、長期的には収支はプラスになり、平成17年から平成21年までの5年間にわたり、毎年多額の利益を得ていた。

編集者コメント

通達を変えた 馬券事件の伝統判例

■元祖馬券事件として後世に名を残し、のちに多くの馬券事件で引用された伝統的な大阪事件である。

■納税者は、平成19年度に、667,350,200円、平成20年度に1,420,398,800円、平成21年度に781,765,600円もの馬券を購入し、結果、平成19年度に、100,366,670円、平成20年度に26,372,200円、平成21年度に13,346,010円もの利益を上げた。

■当事案のポイントは以下である。
①年間収支の黒字が対象年度全てで連続したこと。
②馬券購入ソフトを使用しながら、納税者が独自の計算式を組み込みアレンジし、その後は多少の軌道修正はしながらも、ソフトの自動購入に任せ、その購入割合はほぼ全てのレース(100%に近い)であったこと。(これが「網羅的購入」と評され、これを前提に年間の黒字が継続的に達成されていることが重視された)

■この後、札幌事件、東京事件、横浜事件、高松事件と続くにつれ、当判決で重視された「ソフト」の使用要件は剥落されていく。(後の札幌事件で記述します)

■すなわち、馬券事件の本質は、一時所得と雑所得の判定の分かれ目となる担税力の有無で有り、担税力の有無は、一時所得3要件と言われる「非継続性要件」を充足するかい否かがキーポイントとなる。(非対価性要件と、除外要件は必然的に満たすため)当事案では、ほぼ100%のレースを購入し、その購入金額も大規模であり、かつ、全ての年度で黒字であったことから、担税力の存在を認められたことが当判決の背景に横たわっている。

■当事案までは、馬券の払戻金は一時所得の代表例とされ、所得税基本通達にも、そのように記載されていたが、当事案により、書き換えられ、「馬券の払戻金」が原則として一時所得であることに違いは無いけれど、例外として、「ソフト等を用いて、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入により多額の利益を恒常的に上げて」いる場合は、例外的に雑所得にあたるとの旨に書き換えられた。(のちの札幌事件でもう一度書き換えられることとなる)

■当事案において、「社会通念」が判決文に登場している。「確かに、馬券購入行為が有する高度の投機性及び射倖性から、社会通念上、競馬とはギャンブルであって」(大阪地裁)、「馬券の購入行為が本来は社会通念上一定の所得をもたらすものとはいえない賭博の性質を有する」(最高裁)。社会通念については、前回「ペット葬祭業課税事件」でも紹介した通り、興銀事件をはじめ数々の判例や、法人税基本通達前文でも言及されているとおり、租税法において重要視される概念である。何をもって、「社会通念」とするかは、時と所とによって同一でなく、同一の社会においても変遷があり、裁判所が判断することについても一定の難しさがあるように思われる。当事案において、大阪地裁、最高裁が社会通念に言及したことは、当事案の特殊性、判断の難しさをうかがわせる。

■馬券事件は、複数の事案を比較・鳥瞰することで本質が垣間見えるため、続く札幌事件、東京事件、横浜事件、そして高松事件も是非チェックしてみて頂けると幸いである。

重要概念/所得の偶発性

一時所得の要件は除外要件,、非継続性、 非対価性であるとされ, 非継続性要件が一時所得の中核的要件である。 一方で, 一時所得の特色は、一時的、偶発的所得であるとされる。

■一時所得に該当する所得の一例として、解雇予告手当(労基20条)、生命保険契約に基づく一時金、一時払養老保険の満期受取金、損害保険契約に基づく満期払戻金、保険契約者が死亡した死亡保険金(最判H2.7.17)、厚生年金基金の解散に伴い支払を受けた残余財産の分配金のうち将来の年金給付の総額に代えて支払われる部分の金額(東京高判H18.9.14)、適格退職年金制度の終了に伴い支払われた一時金(東京地判H24.12.11)、父親の死亡に伴い、父親が会員であった社団法人の共済制度に基づき受給した死亡共済金(大阪高判H26.6.18)、法人からの贈与、借家の立ち退き料、遺失物取得者の受ける謝礼金、組合の解散に伴う清算金(静岡地判S51.11.25)、委託検針契約の解除により受領した解約慰労金及び厚生手当金(福岡地判S62.7.21)、時効による資産の取得(東京地判H4.3.10)等が挙げられる。

■一時所得、雑所得創設の歴史的経緯
わが国の所得税は、第二次世界大戦前においては、制限的所得概念の下、各種の勤労、事業、資産から生ずる継続的な収入から得られる所得のみを課税対象としていた。毎年発生する経済的利得のすべてが所得を構成するのではなく、所得の範囲を限定しようとする立場であり、一時的、偶発的、恩恵的な利得は所得の範囲から除く考え方である。

しかし戦後はシャウプ勧告によりアメリカ法の影響のもと包括的所得概念が採用されることなり、人の担税力を増加させる経済的利得はすべて所得を構成するとされ、反覆的・継続的利得のみでなく、一時的・偶発的・恩恵的利得も課税対象となった。(=純資産増加説)
現行の所得税法において、所得を 10 種類に分類し、どの所得類型にも属さないものを雑所得に区分するが、これが包括的所得概念に基づく課税であると言える。
所得区分を設けた趣旨、目的について、

「所得が10種類に分類されている。これは所得はその性質や態様によって質的な担税力が異なるという前提がある。公平負担の観点から、各種所得についてそれぞれの担税力の相違に応じた計算方法を定め、またそれぞれの態様に応じた課税方法を定めるためである」と金子宏氏は述べている 。

■以上より、所得区分を設けた趣旨に鑑みると、現行の所得税法は継続的に実現する所得 (以下、「継続的所得」という。)は担税力が高く、一時に実現した所得(以下、「一時的所 得」という。)は担税力が低いとの考えに基づいて規定されていると考えられている。

併せて読みたい/馬券事件(札幌事件)

納税者逆転勝訴(最高裁 平成29年12月15日)

天才的予想士と呼ばれた納税者による馬券事件。予想ソフトなどは利用せず、独自のノウハウと知見のみで、予想を行っていたことが特徴。利益が2億円を超える年もあり、大阪事件よりさらに巨額な払戻金をめぐる裁判であった。ソフトウェアを使用しなくても雑所得の可能性が開けたという意味で画期的な事案。

被上告人は、予想の確度の高低と予想が的中した際の配当率の大小の組合せにより定めた購入パターンに従って馬券を購入することとし、偶然性の影響を減殺するために、年間を通じてほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として、年間を通じての収支で利益が得られるように工夫しながら、6年間にわたり、1節当たり数百万円から数千万円、1年当たり合計3億円から21億円程度となる多数の馬券を購入し続けたというのである。このような被上告人の馬券購入の期間、回数、頻度その他の態様に照らせば、被上告人の上記の一連の行為は、継続的行為といえるものである。”