馬券事件(横浜事件)

目次

毎期の損益に大きく変動 偶然性が十分減殺されているとは言えない

概要

大阪事件、札幌事件、東京事件に続く事案であり、競馬所得以外に生活の糧が無いケース。
元派遣社員として給与を得ていた当該納税者は、自ら開発した競馬予想プログラムで、プログラマーとして独立し、自らの計算と危険において、事業として競馬を行った。
大阪事件との相違としては、主に、全ての判断を競馬予想プログラムに任せるのではなく自己判断を加味して馬券を購入していたこと、PATシステムだけではなく、在籍投票も行っていたことが挙げられる。

金額

■概要

原告(納税者)が得た競馬所得の所得区分が争われ、「対価を得て」継続的に行う事業に当たるとはいえないこと等から事業所得に該当せず、一時所得に該当するとされた事例。
原告は自ら競馬予想プログラムの開発を行い、馬券の的中によって得た払戻金による所得を専業として生計を立てており、その規模は数年間にわたり年間数千万円から数億円という大規模なものであった。裁判所は、原告は自ら開発した競馬予想プログラムを用いているとはいえ、買い目の的中率を予想した上で、期待値が高い馬券を選び、要所では自らの判断も入れて馬券を購入しており、その馬券の購入方法は一般の競馬愛好家と質的に異ならないとした。そして、競馬所得に係る収入は、JRA(日本中央競馬会)から原告に交付された競馬の払戻金であり、自作の競馬予想プログラムを用いてレースを分析、予測したとしても、その役務はJRAに提供されたものではないから、役務の対価として原告が払戻金を得るわけではなく、またレースの結果という偶然の事情により発生するものであり、「対価を得て」継続的に行う事業に当たるとはいい難いとした。
所得区分の該当性については、一時所得の要件(除外要件、非対価性要件)を満たしていることから、一時所得に該当するとし、所得の金額の計算上、控除すべき支出の金額は、的中馬券の購入代金に限られるべきであると判断。本件は原告が控訴しましたが棄却され、上告受理申立ては受理されず、確定。

■裁判所情報

横浜地方裁判所 平成28年11月9日判決(大久保正道裁判長)(納税者敗訴)(原告控訴)
東京高等裁判所 平成29年9月28日判決(村田渉裁判長)(納税者敗訴)(控訴人上告)
最高裁判所 平成30年8月29日上告不受理(小池裕裁判長)(納税者敗訴)(棄却・不受理)(確定)

争点

本件における馬券の払戻金に係る所得は一時所得か事業所得か。

判決

横浜地方裁判所
→納税者敗訴
当該競馬所得の金額は、5年間でその金額が大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分においては連続して損失が発生しているのであって、利益を恒常的に上げる状態にもなかったのである(非継続要件の充足)

東京高等裁判所
→納税者敗訴
控訴人は、競馬予想プログラムを用いた馬券の購入により恒常的に利益を上げていたとはいえないことから、馬券の購入が長期間にわたり多数回かつ頻繁であったとはいえ、買い目の的中に着目した一般の競馬愛好家による馬券の購入と異なるところはない(非継続要件の充足)

最高裁判所
→上告不受理(確定)

一時所得と事業所得

■所得区分のあらまし
所得税法では、その性格によって所得を次の10種類に区分している。
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得である。

■当事案との関係
当事案は、納税者が馬券の払戻金によって得た所得が、上記10種類のうちいずれかに該当するかが争われたが、納税者は、最判昭和56年4月24日を引用し、事業所得であると主張した。事業所得は、所得税法施行令63条十二号で規定されている「対価を得て継続的に行なう事業」であるという「対価性」が要件である。一方、一時所得には、一時所得3要件と呼ばれるものがあり、除外要件、非継続性要件、非対価性要件である。(下記参照)


■上記を前提として、所得税法と所得税法において、一時所得と事業所得を以下のように定義している。

■所得税法27条1項(事業所得)
事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。

■所得税法34条1項(一時所得)
一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
(除外要件、非継続性要件、非対価性要件の一時所得3要件)

■所得税法施行令63条(事業所得)
法第二十七条第一項(事業所得)に規定する政令で定める事業は、次に掲げる事業(不動産の貸付業又は船舶若しくは航空機の貸付業に該当するものを除く。)とする。
一 農業
二 林業及び狩猟業
三 漁業及び水産養殖業
四 鉱業(土石採取業を含む。)
五 建設業
六 製造業
七 卸売業及び小売業(飲食店業及び料理店業を含む。)
八 金融業及び保険業
九 不動産業
十 運輸通信業(倉庫業を含む。)
十一 医療保健業、著述業その他のサービス業
十二 前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行なう事業

キーワード

■キーワード
一時所得、自己の計算と危険、必要経費、営利目的、役務の対価、客観的証拠、経済活動、継続的行為、費用収益対応

■重要概念
一時所得

横浜地裁/両者の主張

納税者の主張

本件競馬所得は事業所得に該当する。
原告は、自ら競馬予想プログラムを開発し、毎週(少なくとも52節以上で)新馬戦及び障害レースを除くほぼ全レースで馬券を購入した。原告は、馬券を購入するに際し、全ての判断を競馬予想プログラムに任せるのではなく、その要所において原告自身の判断を入れて遂行し、利得を得てきた。これは機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて、全体として利益を得てきたものである。その規模は、数年間にわたり、一日に数十万あるいは数百万円単位で、新馬戦等を除く全レースを対象に、基準を充足する馬券を、年間数千万円から数億円の規模で購入し、年間数千万円から数億円の払戻金を得るという極めて大規模なものであった。

“原告は、平成6年頃から自ら競馬予想プログラムの開発を始め、ソフトウェア開発会社等に勤務しながら、同プログラムの開発・改良を続け、馬券の的中によって得た払戻金に係る所得で生計を立てていく目途が立ったため、平成19年9月頃勤務先を退職した。原告は、退職してから現在まで、自宅において以下の方法で、馬券の的中によって得た払戻金に係る所得を得て、これを専業として生計を立てている。”

“原告は、自ら競馬予想プログラム(当該レースでの各馬の勝率を求めるソフトウェア及び予想的中率とオッズを掛け合わせて期待値を算出して指定する期待値下限を超える買い目を抽出するソフトウェア)を開発し、JRA-VANデータラボが提供する競馬データを利用して、各馬の過去の走破タイムと補正データから各馬の能力を推計し、当該レースの条件(出走頭数、競馬場の種類、レースの距離及び枠順等)において、各馬がその能力をどれだけ発揮できるかプログラムを用いて推定し、乱数を用いた模擬レースを数万回行って、予想買い目を出力し、その予想した買い目の的中率を過去の実績から算出して、リアルタイムのオッズと予想的中率を掛け合わせることで期待値を求め、期待値が高い馬券を抽出して購入することで利得を得てきた。”

“原告は、JRAのシステム上において、個々のレースの購入及び払戻の結果を管理し、自身の購入及び払戻成績並びに購入可能残高を管理していた。個別のレースについての購入履歴は2週間で消失するため、原告は、レース結果を踏まえて、競馬予想プログラムに修正すべき事項があれば、ほぼ毎日その更新を行っていた。また、原告は、馬券を購入するに際し、全ての判断を競馬予想プログラムに任せるのではなく、その要所において原告自身の判断を入れて遂行してきた。”

“原告は、A-PAT及び即PATの加入者として、本件各PAT口座を利用して、パソコンからインターネットを通じて大部分の馬券を購入していた。なお、平成21年分については在席投票の方法により馬券を購入したこともあった。

原告は、毎週(少なくとも52節以上で)新馬戦及び障害レースを除くほぼ全レースで馬券を購入しており、少なくとも、平成20年は2900レース、平成21年は2813レース、平成22年は2247レース、平成23年は1446レース、平成24年は756レース、平成25年は2094レース、平成26年は1921レースで馬券を購入した。”

“原告の馬券購入金額は、平成20年分が総額7506万3900円、平成21年分が総額2億2873万6600円、平成22年分が総額5081万0100円、平成23年分が総額3362万4500円、平成24年分が総額1655万3200円、平成25年分が総額3264万4700円であった。他方原告が購入した馬券の払戻金額は、平成20年分が総額8535万0620円、平成21年分が総額2億5513万7640円、平成22年分が総額4839万3020円、平成23年分が総額3511万6150円、平成24年分が総額1589万6570円、平成25年分が総額3881万8540円であった。”

“以上のように、原告は、競馬予想プログラムを用いて、予想的中率ではなく期待値に着目して原告の設定する条件に合致する馬券を、機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて、全体として利益を得てきたものである。その規模は、数年間にわたり、一日に数十万あるいは数百万円単位で、新馬戦等を除く全レースを対象に、基準を充足する馬券を、年間数千万円から数億円の規模で購入し、年間数千万円から数億円の払戻金を得るという極めて大規模なものであった。”


原告は、自身で開発したプログラムを用いて、期待値の高い過小評価された馬券を購入することによって収益を上げるという事業計画に基づき、本件競馬所得を獲得するための事業を起業したものであり、同事業は、自己の計算と危険において独立して営まれる業務にほかならない。また、原告の馬券の購入態様は、競馬予想プログラムを用いて、多種多様な要素を分析して、レース結果を予想し、予想的中率ではなく期待値に注目して期待値が1を超える馬券を機械的に選択し、網羅的に大量購入することを反覆継続することにより、長期間を通じて利益を得ようとするものである。
本件競馬所得を獲得するための原告の一連の行為は、社会通念に照らし、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務に該当することが明らかであるから、事業所得に該当する。

“事業所得(所得税法27条1項)とは、自己の計算と危険におい
て独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行
する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいう。

原告は、上記のとおり、自身で競馬予想プログラムを開発
し、そのプログラムを用いて、期待値の高い過小評価された馬券を購入することによって収益を上げるという事業計画に基づき、本件競馬所得を獲得するための事業を起業したものであり、同事業は、自己の計算と危険において独立して営まれる業務にほかならない。また、原告の馬券の購入態様は、上記(ア)のとおり、競馬予想プログラムを用いて、多種多様な要素を分析して、レース結果を予想し、予想的中率ではなく期待値に注目して期待値が1を超える馬券を機械的に選択し、網羅的に大量購入することを反覆継続することにより、長期間を通じて利益を得ようとするものである。このような本件競馬所得を獲得するための一連の行為からすれば、本件競馬所得は、偶発的な利得ではなく、必然的な利得というべきであり、安定的、継続的に収益が見込まれるものであるし、その規模も極めて大規模である。”

”しかも、原告は馬券を購入するに際し、全てを上記プログラム等
の機械に任せるのではなく、要所で原告自身の判断も入れて遂行し
ているが、そのことは原告が馬券購入行為を事業として行っていることを示すものである。

加えて、原告の平成21年分及び平成22年分の所得額の合計は
、1278万7235円(平均約639万3618円)、平成21年分から平成25年分までの所得額の合計は、1520万5525円(平304万1105円)であり、原告の平均所得は、税務統計上の事業所得者の平均所得金額と何ら遜色はなく、生計を維持するのに十分なものである。”

“以上によれば、本件競馬所得を獲得するための原告の一連の行為
は、社会通念に照らし、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務に該当することが明らかであるから、「事業」に該当し、これによって得られた本件競馬所得は、事業所得に該当する。”

国税庁の主張

本件競馬所得は、原告がJRAに対して何らかの役務を提供したり資産を譲渡したりした対価として交付されたものではないから、原告の馬券購入行為は「対価を得て」行う事業(所得税法施行令63条12号)には当たらない。

原告が行っていたと主張する馬券購入行為の態様は、一般的な競馬愛好家による馬券購入行為の態様と何ら変わるところはないから、本件競馬所得もまた「偶発的な利得」であって、必然的、安定的、継続的に収益を得られるものではなく、営利性が認められない。

原告の本件払戻金による年間収支額は、毎年大きく変動しており、5年分のうち3年分について損失が発生していることからも、原告の馬券購入行為が安定的、継続的に利得が得られるものでなかったことは明らかであるし、原告が本件競馬所得により生計を維持していたものともいえない。以上より、本件競馬所得は、事業所得には該当しない。

“本件競馬所得は、原告がJRAに対して何らかの役務を提供したり
資産を譲渡したりした対価として交付されたものではなく、出走馬の着順という原告の行為が全く関与しない偶然の結果により、購入した馬券が的中して初めて所得が発生するものであるから、払戻金に対価性はなく、原告の馬券購入行為は「対価を得て」行う事業(所得税法施行令63条12号)には当たらない。”

“また、払戻金の総額は馬券の発売金額の約75%であるから、馬券
購入行為の払戻金を得る数学的な期待値は購入金額の約75%でしかなく、客観的にみて当該行為から継続的、安定的に利益を得る可能性があるとはいえない。一般的な競馬愛好家の多くが、原告と同じように、競馬予想ソフト等を利用し、多種多様な要素を分析してレース結果を予想し、オッズに応じて回収率を意識しながら馬券を購入しているのであって、原告が行っていたと主張する馬券購入行為の態様は、一般的な競馬愛好家による馬券購入行為の態様と何ら変わるところはないから、本件競馬所得もまた「偶発的な利得」であって、同じ購入態様でありながら、本件競馬所得のみが「必然的な利得」と認められる根拠はない。そうすると、原告の馬券購入行為は、必然的、安定的、継続的に収益を得られるものではなく、営利性が認められない。”

“加えて、本件各係争年分において、原告が購入した競争ごとの馬券
の種類、金額、払戻金の額は不明であって、馬券購入金額が比較的多額であったということ以外に、原告の馬券購入行為と他の一般的な競馬愛好家のそれとの間に具体的な差異を認めることはできない上、馬券購入行為により払戻金を得ることで生計を立てることを生業とすることが社会通念上認知されているともいえず、原告の馬券購入行為は、社会的地位が客観的に認められる業務ともいえない。”

“しかも、原告の平成21年分から平成25年分の確定申告における
事業所得の金額は、平成21年分が1575万3440円、平成22年分が296万6205円の損失、平成23年分は49万0456円の損失、平成24年分は155万7977円の損失、平成25年分は446万6723円と、その金額が大きく変動しており、5年分のうち3年分について損失が発生していることからも、原告の馬券購入行為が安定的、継続的に利得が得られるものでなかったことは明らかであるし、原告が本件競馬所得により生計を維持していたものともいえない。以上によれば、本件競馬所得は、事業所得には該当しない。”

本件競馬所得は、事業所得に該当しないなど除外要件を満たしており、また、原告がJRAに対して何らかの役務を提供したり資産を譲渡したりした対価として交付されたものではなく、出走馬の着順という原告の行為が全く関与しない偶然の結果によって発生した偶発的な利得であるから、非対価性要件も満たす
大阪事件最高裁の判示を踏まえれば、馬券の的中による払戻金が、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるというためには、一連の馬券の購入態様が、いわゆる常連の馬券の購入態様と異なり、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入であり、このような行為態様から客観的に利益の発生の可能性が認められることが必要であると解すべきである。
原告は、競馬予想ソフトを利用して買い目の馬券を抽出した後、原告自身の主観的な判断に基づいて購入する馬券を決めていたし、個々の競走の結果を予想して馬券を購入しているのであるから、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入とはいえない。
原告の馬券購入による損益額は毎年大きく変動しており、多額の利益を恒常的に上げていなかったことは明らかであり、原告の馬券購入行為は、利益発生の規模、期間その他の状況からしても、一体の経済活動の実態を有すると評価することはできない。
したがって、上記最判に照らしても、原告が得た本件競馬所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当せず、一時所得の非継続性要件を満たすというべきである。以上より、本件競馬所得は、一時所得に該当する。

“本件競馬所得は、上記アのとおり事業所得に該当しな
いなど除外要件を満たしており、また、原告がJRAに対して何らかの役務を提供したり資産を譲渡したりした対価として交付されたものではなく、出走馬の着順という原告の行為が全く関与しない偶然の結果によって発生した偶発的な利得であるから、非対価性要件も満たす。”

“非継続性要件に関しては、最高裁平成27年3月10日第三小法
廷判決・刑集69巻2号434頁は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」と判示した上で、同事件の被告人(以下「別件当事者」という。)について、馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をしていたこと、当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げていたことといった事情を総合考慮したことにより、別件当事者による一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有すると評価することができるとして、別件当事者の馬券の的中による払戻金に係る所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に該当すると判示して、非継続性要件を欠き、雑所得(所得税法35条1項)に該当すると判断した。”

“上記最判の判示を踏まえれば、馬券の的中による払戻金が、「営
利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるというためには、一連の馬券の購入態様が、いわゆる常連の馬券の購入態様と異なり、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入であり、このような行為態様から客観的に利益の発生の可能性が認められることが必要であると解すべきである。”

“原告の馬券購入行為については、その履歴等が個々に記録化され
ていないため、原告が本件各係争年分において実際に購入した馬券はもとより、原告が競馬予想ソフトを利用して馬券を購入するに当たり、競走馬、競馬場及び騎手等のどのようなデータを活用したのか、そのデータにどのような条件等を設定して勝馬を予想し、買い目を抽出したのかなどといった具体的な態様が何ら具体的かつ客観的に明らかにされていないから、上記最判が判示した「行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等」を総合考慮すること自体が困難である。”

“原告の主張する購入態様を前提とした場合であっても、原告は、
競馬予想ソフトを利用して買い目の馬券を抽出した後、原告自身の主観的な判断に基づいて購入する馬券を決めていたし、個々の競走の結果を予想して馬券を購入しているのであるから、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入とはいえない。原告が各年において購入したレース数が大きく変動していることや、原告が平成21年に少なくとも14回にわたり在席投票の方法を用いていたことなどからしても、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入であったとはいえない。また、原告の馬券購入による損益額は毎年大きく変動しており、多額の利益を恒常的に上げていなかったことは明らかであり、原告の馬券購入行為は、利益発生の規模、期間その他の状況からしても、一体の経済活動の実態を有すると評価することはできない。”

東京高裁/両者の主張

納税者の主張

事業所得に該当しないとすれば、除外要件を満たすことは争わない。
控訴人による馬券購入の態様は、競馬予想プログラム等を用いて、予想的中率ではなく期待値に着目し、一定の基準を満たす買い目について、プログラムが算出する賭金を設定し、条件に合致する馬券を機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて全体として利益を得ようとするものであり、その規模は、1日に数十万円から数百万円単位で、新馬戦及び障害レースを除くJRAの全レースを対象に、基準を充足する馬券を購入し続けるというもので、1年当たり数千万円から数億円の規模で馬券を購入し、1年当たり数千万円から数億円の払戻金を得るという大規模なものである。このような規模・態様の馬券購入は、その全体を一連の行為として把握すべきであるから、本件競馬所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」といえる。

“仮に本件競馬所得が事業所得に該当しないとすれば、除外要件を満たすこ
とは争わない。

非継続性要件が認められるか否か(営利を目的とする継続的行為から生じ
た所得であるか否か)は、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度、その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断すべきところ〔最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決・刑集69巻2号434頁(以下「平成27年判決」という。)参照〕、控訴人による馬券購入の態様は、競馬予想プログラム等を用いて、予想的中率ではなく期待値に着目し、一定の基準を満たす買い目について、プログラムが算出する賭金を設定し、条件に合致する馬券を機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて全体として利益を得ようとするものであり、その規模は、1日に数十万円から数百万円単位で、新馬戦及び障害レースを除くJRAの全レースを対象に、基準を充足する馬券を購入し続けるというもので、1年当たり数千万円から数億円の規模で馬券を購入し、1年当たり数千万円から数億円の払戻金を得るという大規模なものである。このような規模・態様の馬券購入は、その全体を一連の行為として把握すべきであるから、本件競馬所得は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」といえ、非継続性要件を満たさない。”

馬券を仕入れ、これを売却することにより利益を得るようなものであり、小売事業者による事業と同じであるため、本件払戻金には対価性が認められる。

“事業所得の「事業」とは、対価を得て継続的に行う事業(所得税法施行令63条12号)をいうところ、「対価を得て」というのは、資産の譲渡・貸付け及び役務の提供に対して反対給付を受け取ることをいうものと解される。控訴人は、的中することにより払戻金を得られる権利を化体した馬券を購入し、的中馬券をJRAに交付・譲渡して払戻金という反対給付を受けていたのであるから、いわば、馬券を仕入れ、これを売却することにより利益を得るようなものであり、小売事業者による事業と本質的な違いはなく、対価性の要件を満たす。”

 

国税庁の主張

本件競馬所得は除外要件を満たしており、また、一時所得の非継続性要件及び非対価性要件を満たすことは原審で主張のとおりである。
控訴人は、馬券の購入及び払戻しと小売業者による事業との間に本質的違いはないと主張するが、的中馬券の払戻しはJRAに対する馬券の譲渡ではなく、馬券の的中により得られる払戻金と小売事業者が仕入れた商品を顧客に販売して得られる売上金とが本質的に異なることは明らかである。よって本件競馬所得は非対価性要件を満たすため、一時所得に該当する。

“ある所得が一時所得に該当するためには、所得税法34条1項に掲げる利
子所得ないし譲渡所得の8種類以外の所得であること(除外要件)、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であること(非継続性要件)、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであること(非対価性要件)の各要件を満たす必要がある。

これに対し
、雑所得は、利子所得ないし一時所得のいずれにも該当しない所得であるから、ある所得が一時所得又は雑所得のいずれに該当するかは、その所得が一時所得における除外要件を満たすことを前提として、非継続性要件及び非対価性要件を満たすか否か、すなわち、一時所得に該当するか否かで判断することになる。
本件競馬所得は除外要件を満たしており、また、一時所得の非継続性要件及び非対価性要件を満たすことは原審で主張のとおりである。”

“控訴人は、馬券の購入及び払戻しと小売業者による事業との間に本
質的違いはないと主張するが、的中馬券の払戻しはJRAに対する馬券の譲渡ではなく、馬券の的中により得られる払戻金と小売事業者が仕入れた商品を顧客に販売して得られる売上金とが本質的に異なることは明らかである。

そして、馬券購入行為の性質を素直に見れば、控訴人が交付を受けた払戻
金は、購入馬券が的中したことにより偶発的に生じたものであって、控訴人がJRAに対して何らかの役務を提供したことの対価として交付されたものではなく、控訴人がJRAに対して資産を譲渡したことの対価として交付されたものでもないから、本件競馬所得は非対価性要件を満たしている。”
両者の主張まとめ

■国税庁

一時所得該当性を主張。
本件競馬所得は、原告がJRAに対して何らかの役務を提供したり資産を譲渡したりした対価として交付されたものではないから、原告の馬券購入行為は「対価を得て」行う事業には当たらないと主張。
原告の本件払戻金による年間収支額が、毎年大きく変動していることを指摘し、5年分のうち3年分について損失が発生していることからも、原告の馬券購入行為が安定的、継続的に利得が得られるものでなかったことは明らかであるし、原告が本件競馬所得により生計を維持していたものともいえないから、本件競馬所得は、事業所得には該当しないと主張した。
大阪事件最高裁を引用し、原告は、原告自身の主観的な判断に基づいて購入する馬券を決めていたし、個々の競走の結果を予想して馬券を購入しているのであるから、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入とはいえないとし、大阪事件と比較して「網羅的購入」ではないと指摘した。
なお、馬券の購入及び払戻しと小売業者による事業との間に本質的違いはないとの納税者の主張に対して、馬券の的中により得られる払戻金と小売事業者が仕入れた商品を顧客に販売して得られる売上金とが本質的に異なることは明らかであるから、そこに対価性はないと主張した。

■納税者

事業所得該当性を主張。
原告は、自ら競馬予想プログラムを開発し、ほぼ全レースで馬券を購入した。その規模は、数年間にわたり、一日に数十万あるいは数百万円単位で、年間数千万円から数億円の規模で購入し、年間数千万円から数億円の払戻金を得るという極めて大規模なものであったと主張。これは機械的に選択して網羅的に大量購入することを反復継続し、長い期間を通じて、全体として利益を得てきたものであるとし、「網羅的な購入」を充足すると主張。
本件競馬所得を獲得するための原告の一連の行為は、社会通念に照らし、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務に該当することが明らかであるから、事業所得に該当すると主張した。
本件払戻金は、馬券を仕入れ、これを売却することにより利益を得るようなものであり、小売事業者による事業と同じであるため、本件払戻金には対価性が認められるとし、対価性も有すると主張した。

関連する条文

所得税法

27条(事業所得)
1項
2項
34条(一時所得)
1項
2項
35条(雑所得)
1項
2項
37条(必要経費)
1項
2項

所得税法施行令

63条(事業所得)

所得税基本通達

34-1(一時所得の例示)

横浜地方裁判所/平成28年11月9日判決(大久保正道裁判長)/(納税者敗訴)(原告控訴)

事業所得の要件は、所得税法27条に規定されているが、事業所得にいう「事業」に当たるかどうかは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務に当たるかどうかによって判断するのが相当である(最高裁昭和56年4月24日)。
具体的には、営利性及び有償性の有無、反復継続性の有無に加え、自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無、その者が費やした精神的及び肉体的労力の有無及び程度、人的及び物的設備の有無、その者の職業、経験及び社会的地位、収益の状況等の諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして、「事業」として認められるかどうかによって判断すべきものと解するのが相当である。

“所得税法27条1項は、事業所得について、「農業、漁業、製造業、卸売
業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。」と規定し、これを受けて、事業所得の事業の範囲について定める所得税法施行令63条は、1号ないし11号で個別の事業を掲げるほか、12号で、「前各号に掲げるもののほか、対価を得て継続的に行う事業」と規定しているから、事業所得にいう「事業」とは、対価を得て継続的に行う事業をいうものと解される。”

“そして、事業所得にいう「事業」に当たるかどうかは、一応の基準として、
自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務に当たるかどうかによって判断するのが相当であり(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁参照)、具体的には、営利性及び有償性の有無、反復継続性の有無に加え、自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無、その者が費やした精神的及び肉体的労力の有無及び程度、人的及び物的設備の有無、その者の職業、経験及び社会的地位、収益の状況等の諸般の事情を考慮し、社会通念に照らして、「事業」として認められるかどうかによって判断すべきものと解するのが相当である。そして、社会的客観性をもって「事業」として認められるためには、相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性がなければならないと解される。”

原告の馬券購入行為は、そのための準備行為を含めて考えても、「対価を得て」継続的に行う事業に当たるとはいい難い。

“本件競馬所得に係る収入は、JRAから原告に交付された競馬の払戻金であるところ、原告が、その主張のとおり、競馬予想プログラムを用いてレース結果を分析、予測し、自らの設定する条件に見合う期待値の高い馬券を抽出する作業をしていたとしても、そのような作業(役務)は馬券購入の相手方であるJRAに提供されたものではないから、その役務の対価として原告が払戻金を得るわけではない。”

“また、払戻金は、当然ながら、JRAに対し券面額を支払って馬券を購入しただけで得られるものではなく、レースの結果という偶然の事情により購入した馬券が的中することで初めて発生するものであるから、原告が得た払戻金をもって、馬券購入のために原告がJRAに支払った金員の対価であるということもできない。そうすると、原告の馬券購入行為は、そのための準備行為を含めて考えても、「対価を得て」継続的に行う事業に当たるとはいい難い。”


原告は、全ての判断を同プログラムに任せるのではなく、要所において原告自身の判断を入れており、買い目の的中率を予想した上で、期待値(予想的中率×オッズ)が高い馬券を選び、要所では自らの判断も入れて馬券を購入していたというのであって、その馬券の購入方法は一般の競馬愛好家と質的に異ならない。
その上、この5年間における各年分の事業所得の金額が大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分(平成22年分ないし平成24年分)は連続して損失が発生している
原告の本件各係争年分の馬券購入行為は、その購入規模の大きさを踏まえても、払戻金の発生に関する偶発的な要素が相当程度減殺され払戻金により相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が客観的にあったとは認められない。よって本件競馬所得が、事業所得に該当すると認めることはできない。

“しかし、原告の主張するところについての原告の主張
参照〕によっても、原告は、競馬予想プログラムを用いて買い目の的中率を予想した上で、期待値(予想的中率×オッズ)が高い馬券(払戻金を得る確率が高い馬券)を選んで購入していたほか、全ての判断を同プログラムに任せるのではなく、要所において原告自身の判断を入れていたというのであって、その馬券の購入態様は、購入規模は別として、個々のレースの結果を予想して、予想の確度に応じてどのように馬券を購入するかを判断している一般的な競馬愛好家による馬券の購入態様と質的に異なるものではない。

そして、競馬は、的中した
馬券の購入者に、馬券の売得金のうち一定の額を按分して払い戻す仕組みとなっており、払戻金は、その発生の有無及び額が個々のレースの結果という不確定な事実にかかっているという点で、本来的には偶発的な利得という性質を有するものであり、交付される払戻金の総額が馬券の発売総額の約75%にとどまることからすれば、一般的には、払戻金により相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性は乏しいといわざるを得ない。”

”しかし、原告が、本件各係争年において、馬券の購入履歴や収支に
関して帳簿等の作成を行っておらず、本件在席投票について各在席投票の当日のJRA入出金機に入金した金額及び最終精算時に交付を受けた金額を記載したJRAの発行する各利用控えを保存している他には、購入履歴に関する資料等を保存していないことから、原告が、本件各係争年分において、どのようなレースについて、1日当たり、どのような買い目の馬券をどれだけの金額購入し、どれだけの額の払戻金を得たのかということは不明であり、結局、原告による馬券購入行為の具体的な態様は不明といわざるを得ない。”

“原告の平
成21年分ないし平成25年分の確定申告における事業所得の金額(なお、原告の主張によれば、原告は的中した競馬の払戻金による所得を専業として生計を立てているというのであって、本件各係争年分以外も専ら競馬による所得を事業所得として申告したものと認められる。)は、平成21年分が1575万3440円、平成22年分が296万6205円の損失、平成23年分が49万0456円の損失、平成24年分が155万7977円の損失、平成25年分が446万6723円であると認められ、この5年間における各年分の事業所得の金額が大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分(平成22年分ないし平成24年分)は連続して損失が発生していることが認められる。”

“しかも、原告は、競馬予想プログラムを用い
るとはいえ、買い目の的中率を予想した上で、期待値(予想的中率×オッズ)が高い馬券を選び、要所では自らの判断も入れて馬券を購入していたというのであって、その馬券の購入方法は一般の競馬愛好家と質的に異ならないと評価できるのである。”

“そうすると、原告の本件各係争年分の馬券購入行為は、その購入規
模の大きさを踏まえても、払戻金の発生に関する偶発的な要素が相当程度減殺され払戻金により相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が客観的にあったとまでは、認めることはできないというべきである。”

“以上によれば、本件係争各年分における原告の馬券購入行為は、「対価を
得て」継続的に行う事業といえないというだけでなく、原告が自ら開発した競馬予想プログラムを用いて本件競馬所得を得たことや、原告には本件各係争年分において本件競馬所得以外の所得の存在が窺えないことを踏まえても、上記ウに説示した事情を総合的に考慮すると、社会通念に照らし、事業所得を生じさせる「事業」に該当するということはできず、本件競馬所得が、事業所得に該当すると認めることはできない。”

非継続性要件が認められるか否か(営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否か)は、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度、その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(大阪事件の引用)

原告の馬券購入行為は、購入額の規模こ
そ大きいものの、その購入方法は、個々のレースの結果を予想して、予想の確度に応じてどのように馬券を購入するかを判断している一般的な競馬愛好家による馬券の購入態様と質的に異なるものではないし、原告が、本件各係争年分において、どのようなレースについて、1日当たり、どのような買い目の馬券をどれだけの金額購入し、どれだけの額の払戻金を得たのかということは不明であることから、的中馬券の発生に関する偶発的要素をできる限り減殺しようとしていたと認めることはできないし、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をしたものと認めることもできない。その上、本件馬券払戻金は、5年間で大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分は連続して損失が発生しているのことから、本件競馬所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であると認めることはできないから、一時所得に該当する。

“非継続性要件が認められるか否か(営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否か)は、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度、その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成27年3月10日)”

“原告の馬券購入行為は、購入額の規模こ
そ大きいものの、その購入方法は、個々のレースの結果を予想して、予想の確度に応じてどのように馬券を購入するかを判断している一般的な競馬愛好家による馬券の購入態様と質的に異なるものではなく、また、原告が、本件各係争年分において、どのようなレースについて、1日当たり、どのような買い目の馬券をどれだけの金額購入し、どれだけの額の払戻金を得たのかということは不明であることから、原告が、的中馬券の発生に関する偶発的要素をできる限り減殺しようとしていたと認めることはできないし、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をしたものと認めることもできない。
えて、同じく上記に説示したとおり、原告が申告した競馬所得の金額は、本件各係争年分を含む5年間(平成21年分ないし平成25年分)において、その金額が大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分(平成22年分ないし平成24年分)においては連続して損失が発生しているのであって、原告は、この当時、馬券購入行為によって、利益を恒常的に上げる状態にもなかったものである。”

“そうすると、本件全証拠によっても、原告の本件各係争年分における馬券
購入行為をもって一体の経済活動の実態を有するものと認めることもできないというべきであって、本件競馬所得が、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であると認めることはできないから、本件競馬所得は、一時所得の非継続性要件を満たすものと認められる。以上によれば、本件競馬所得は、一時所得に該当する。”

東京高等裁判所/平成29年9月28日判決(村田渉裁判長)/(納税者敗訴)(被控訴人上告)

本件競馬所得は、いずれも事業所得ではなく、一時所得に該当する。
馬券(勝馬投票券)の購入は、発売された馬券を馬単、馬連等の種類に応じて購入することでレースの結果を予想して投票する行為であり(競馬法6条、7条参照)、払戻金請求権は、レースの着順という馬券購入後の偶発事象により初めて発生し、かつ、金額が定まるのであるから、購入馬券に的中を条件とする払戻金請求権が化体されているということはできず、的中馬券の払戻しも、勝馬投票の的中者が開催者に払戻金の交付を求める行為であって(同法8条参照)、馬券の譲渡とはいえない。
競馬の場合、馬券の購入者がそれぞれ競馬の開催者に提供した馬券購入代金総額から開催者に留保される金員を除いた配当金が的中馬券の購入者だけに払い戻されることで利益を生ずるもの、すなわち、外れ馬券の購入者の損失において的中馬券の購入者が利益を得るものであるから、小売事業と馬券の購入及び払戻しとはその態様を全く異にしており、この点においても控訴人の主張は採用できない。以上によれば、本件競馬所得が事業所得であるとする控訴人の補足主張は、いずれも採用できない。

“事業所得が事業活動を遂行することで得られる収益に担税力を認めたものである以上、現に収益を計上できるかどうかは別として、社会的・客観的に見て、ある程度の期間継続して経済活動を遂行して安定した収益を得ることを目的とし、この目的に合致した実態を有するといえるものを事業とし、これにより得られた所得を事業所得とすべきであるから、社会的客観性をもって「事業」と認められるためには「相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性」を要するとした原判決の説示は相当であり、このような考え方は、自己の計算と危険において営まれ(企画遂行性)、営利性、有償性を有し、かつ反復して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められることを事業該当性判断の一応の基準とした昭和56年判決とも整合するものである。”

“控訴人は、対価を支払って、的中することにより払戻金を
得られる権利を化体した馬券を購入し、的中馬券を競馬の開催者に交付・譲渡して払戻金という反対給付を受けており、控訴人による馬券の購入及び払戻しと小売事業者の事業との間に本質的な違いはないとも主張する。
しかしながら、馬券(勝馬投票券)の購入は、発売された馬券を馬単、馬連等の種類に応じて購入することでレースの結果を予想して投票する行為であり(競馬法6条、7条参照)、払戻金請求権は、レースの着順という馬券購入後の偶発事象により初めて発生し、かつ、金額が定まるのであるから、購入馬券に的中を条件とする払戻金請求権が化体されているということはできず、的中馬券の払戻しも、勝馬投票の的中者が開催者に払戻金の交付を求める行為であって(同法8条参照)、馬券の譲渡とはいえない。”

“小売事業者は、卸売業者等から仕入れた商品を消費者に販売
することで仕入値と小売値の差額相当額の利益を得るのに対し、競馬の場合、馬券の購入者がそれぞれ競馬の開催者に提供した馬券購入代金総額から開催者に留保される金員を除いた配当金が的中馬券の購入者だけに払い戻されることで利益を生ずるもの、すなわち、外れ馬券の購入者の損失において的中馬券の購入者が利益を得るものであるから、小売事業と馬券の購入及び払戻しとはその態様を全く異にしており、この点においても控訴人の主張は採用できない。以上によれば、本件競馬所得が事業所得であるとする控訴人の補足主張は、いずれも採用できない。”

控訴人の場合、最終的な馬券購入の判断は競馬予想プログラムではなく控訴人自身が行っており、必ずしも競馬予想プログラムが抽出した買い目どおりに無差別かつ網羅的に馬券を購入していたわけではないし、平成20年から平成27年の8年間のうち3年は払戻金が馬券の購入金額を下回るなど、恒常的に利益を上げていたとはいえない。一時所得3要件を満たすので、本件競馬所得は、一時所得に該当する。

“控訴人の場合、最終的な馬券購入の判断は競馬予想プログラムでは
なく控訴人自身が行っており、必ずしも競馬予想プログラムが抽出した買い目どおりに無差別かつ網羅的に馬券を購入していたわけではない。
さらに、平成20年から平成27年の8年間のうち3年は払戻金が馬券の購入金額を下回るなど、控訴人は、競馬予想プログラムを用いた馬券の購入により恒常的に利益を上げていたとはいえない。”

“以上によれば、控訴人による馬券の購入は、予想的中率及び期待値算出の
ために多くの演算処理を行うこと、馬券の購入が長期間にわたり多数回かつ頻繁であることを除けば、買い目の的中に着目した一般の競馬愛好家による馬券の購入と異なるところはなく、一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有することが客観的に明らかであるとはいえないから、これによる所得(本件競馬所得)は、一時的・偶発的所得としての性質を失わず、一時所得の非継続性要件及び非対価性要件をいずれも満たすというべきである。”

最高裁判所/平成30年8月29日上告不受理(小池裕裁判長)/(納税者敗訴)(棄却・不受理)(確定)

主文
本件を上告審として受理しない。
判示内容 まとめ

■横浜地裁、東京高裁は、全面的に国税庁の主張を認め、一時所得と判定された。最高裁は上告を受理しなかった。

■最判昭和56年4月24日を引用し、事業所得の要件は、所得税法27条に規定されているが、事業所得にいう「事業」に当たるかどうかは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務に当たるかどうかによって判断するのが相当としつつ、原告の馬券購入行為は、「対価を得て」継続的に行う事業に当たるとはいい難いと判断した。

■原告の購入方法は一般の競馬愛好家と質的に異ならないとし、5年間における各年分の事業所得の金額が大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分(平成22年分ないし平成24年分)は連続して損失が発生していることから、偶発的な要素が相当程度減殺され払戻金により相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が客観的にあったとは認められないとして、事業所得に該当すると認めることはできないとした。

■非継続性要件に関しては、「文理に照らし、行為の期間、回数、頻度、その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」と大阪事件を引用しつつ、原告の馬券購入行為は、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をしたものと認めることができず、5年間で収支が大きく変動しているだけでなく、そのうち3年分は連続して損失が発生しているのことから、当該馬券払戻金は「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であると認めることはできないから、一時所得に該当するとした。

■高裁も原審を支持した。

認定事実

本件は、競馬の勝馬投票券(以下「馬券」という。)の的中による払戻金に係る所得(以下「本件競馬所得」という。)を得ていた原告が、本件競馬所得が事業所得であるとして、平成21年分及び平成22年分の所得税に係る確定申告を行ったところ、横浜南税務署長から、本件競馬所得は一時所得に該当するとして、平成21年分更正処分及び平成22年分更正処分(これらを併せて、以下「本件各処分」といい、平成21年及び平成22年のことを「本件各係争年」という。)をそれぞれ受けたため、本件競馬所得は事業所得に該当するから本件各処分はいずれも違法であるなどと主張して、被告に対し、本件各処分の一部の取消しを求める事案である。

■中央競馬の概要
競馬法(平成24年法律第37号による改正前のもの。以下同じ。)は、日本中央競馬会(以下「JRA」という。)、都道府県及び指定市町村に限り、競馬を行うことができると定めている(同法1条1項、2項、6項)。

■JRAは、競馬を行う団体として、日本中央競馬会法に基づき設立された
法人である(同法1条、2条)。

■JRAが行う競馬を中央競馬といい(競馬法1条5項)、現在全国10箇所(札幌、函館、福島、新潟、中山、東京、中京、京都、阪神及び小倉)の競馬場において競馬が開催されている(同法2条、同法施行規則1条)。中央競馬は、その年間開催回数、1回の開催日数、1日の競争回数等が限定されており、平成25事業年度においては、年間合計36回、288日開催されている(乙4。なお、同日に複数の競馬場で競馬が開催されている場合でも、別々の開催日として計算される。)。なお、JRAは、上記開催期間とは別に、競馬開催日(競馬開催日が2日以上連続する場合にはその連続する競馬開催日を併せたもの。)、又は競馬開催日と競馬開催日との間の日が土曜日、日曜日若しくは祝日である場合の前後する競馬開催日を併せたものを「節」と称している。
本件各係争年における年間総競走数は、平成21年において3453回(うち障害レース及び新馬戦数の合計は400回)、平成22年において3454回(うち障害レース及び新馬戦数の合計は399回)であった

■馬券の発売方法及び払戻金の計算方法について
馬券の発売は、その競走に出走すべき馬が確定した後に開始し、競走の発走の時までに締め切らなければならず(競馬法施行令8条)、勝馬投票法の種類ごとの勝馬は、その競走の開催執務委員の着順の宣言により確定し(同法施行規則7条8項)、勝馬投票の的中者に対し払戻金が交付される仕組みになっている(同法7条)。
JRAは、券面金額10円の馬券10枚分以上を1枚として(一口100円以上で)発売することができ(同法5条1項、2項)、その種類、発売方法及び払戻金の計算方法は次のとおりである。

■馬券の種類
勝馬投票法には、その種類ごとに勝馬の決定の方法等が定められており(競馬法6条、同法施行規則6条及び7条)、現在、JRAが発売している馬券は、単勝式、複勝式、馬番号二連勝単式、馬番号三連勝単式、枠番号二連勝複式、普通馬番号二連勝複式、拡大馬番号二連勝複式、馬番号三連勝複式
、五重勝単勝式という9種類である。

■発売方法
JRAは、全国10箇所の競馬場の窓口における場内販売及び全国41箇所の場外馬券売り場「WINS」における場外販売のほか、以下の方法で馬券の販売を行っている。

■電話・インターネットによる発売(PAT方式)

JRAとの間で、「日本中央競馬会PAT方式電話投票(A-PAT)に関する約定」(以下「A-PAT約定」という。)又は「日本中央競馬会即PAT方式電話投票に関する約定」(以下「即PAT約定」という。)を結んだ者(以下「PAT加入者」という。)は、電話やパーソナルコンピュータを利用したPAT(Personal Access Terminal)方式により、馬券の購入を申し込むことができる。PAT方式には、A-PATと即PATの2種類があり、いずれもパーソナルコンピュータやWeb機能付き携帯電話、スマートフォンからインターネットを利用して馬券の購入を申し込むことができ(A-PAT約定7条の2、即PAT約定7条)、さらに、A-PATでは、自宅の固定電話や携帯電話から、プッシュホン電話のボタン操作で馬券の購入を申し込むこともできる(A-PAT約定8条)。


即PATのPAT加入者は、予めJRAが別に定める銀行に普通
預金口座を開設し(即PAT約定2条1項)、馬券の購入に充てる予定の金額を普通預金口座からJRAが指定する口座(以下「JRA口座」という。)に振り替えることを目的とした口座振替契約を当該銀行との間で締結しなければならない(同2条2項。なお、当該口座振替契約を締結した普通預金口座を、以下「ネット指定口座」という。)。

即PATのPAT加入者は、馬券の購入に当たって、馬券の購入
資金をネット指定口座からJRA口座に振り替えることとされ(同12条1項)、当該振り替えたJRA口座からネット指定口座への戻入れは、原則として随時(競馬開催中の土曜日、日曜日を含む。)行うことが可能となっている(同14条2項)。即PATにおける馬券の購入限度額は、JRA口座に振り替えた金額からネット指定口座に戻し入れた金額を控除した残額から、即PATで購入した馬券の金額を差し引き、確定した払戻金等の金額を加算した額とされており(同13条、14条3項)、JRAは、節の最終日の馬券の発売終了後に当該限度の全部をネット指定口座に戻し入れる手続を行う(同14条1項)。

A-PATのPAT加入者は、加入時にJRAが指定する銀行にA-PAT専用口座(以下「指定口座」という。)を開設しなければならない(A-PAT約定1条1項)。指定口座では、競馬開催日及びその前後で各銀行が別に指定する時間は、原則として入出金を行うことができないため(同2条2項)、A-PATのPAT加入者は、事前に馬券の購入資金を指定口座に入金しておくことになる。なお、競馬開催日の前日の指定口座の残高から、A-PATで購入し、馬券の金額を差し引き、確定した払戻金等の金額を加算した額を限度として、馬券の購入ができることとされているので(同10条)、A-PAT方式により購入した馬券が的中した場合、確定した払戻金等の額を、その後の競走における馬券の購入に充てることができる。

A-PAT方式で購入した馬券の購入金額の支払と、的中馬券に
係る払戻金等の振込は、節ごとにその節の直後の銀行営業日に、指定口座において行われ(同14条1項、2項)、同口座への入出金の記録は、それぞれの金額が総額で併記される。

■在席投票

JRAと「在席投票の利用に関する約定」(以下「在席投票約定
」という。)を結んだ者は、競馬場又は場外馬券発売所に設置され、JRAが管理する電子計算機と電気通信回線で接続された専用端末を利用した勝馬投票(以下「在席投票」という。)により馬券の購入を申し込むことができる〔日本中央競馬会在席投票実施規則(以下「在席投票規則」という。)1条〕。
在席投票は、競馬の開催日に、在席投票者がJRAの指定席入場料を支払い、在席投票カードの貸与を受け、上記端末に当該在席投票カードの番号等所定の情報を入力し、当該各情報をJRAの所定の計算機に送信することにより行う(在席投票約定3条1項、7条1項、在席投票規則3条1項、5条1項・2項、13条)。

在席投票者は、事前に馬券の購入金を、JRAが設置する発払兼
用(精算)機(以下「JRA入出金機」という。)に入金しておく〔在席投票約定2条(3)、在席投票規則8条〕。ただし、投票の締切り時間までに購入した馬券の総額及び一部精算金の合計額を差し引き、確定した払戻金等の金額を加算した額を限度として、馬券の購入ができることとされているので〔在席投票約定2条(4)〕、在席投票で購入した馬券が的中した場合、確定した払戻金等の額を、その後の競走における馬券の購入に充てることができる。c 在席投票者は、在席投票の利用を終了するときは、在席投票カードの返却及び在席投票に係る精算を行い、JRA入出金機により購入金の総額(JRA入出金機に入金した金額の総額から、在席投票により購入した馬券の総額及び一部精算金の合計額を差し引き、確定した払戻金等の額を加算した額)の交付を受ける(在席投票約定3条2項、14条1項、在席投票規則20条)。

■払戻金の計算方法
JRAは、競馬法7条の規定に基づき、各競走における勝馬投票の的中者に対し、当該競争に対する馬券の売得金(馬券の発売金額から同法12条に規定する投票の無効により馬券の所有者に対して返還すべき金額を控除したもの)を基礎に所定の方法により算出した金額を、的中した各馬券に按分し
た金額を、払戻金として交付する。また、当該払戻金の額が馬券の券面金額に満たない場合は、その金額が払戻金の額とされ(同法7条4項)、JRAが主催する競馬において、的中馬券の払戻金が購入金額(倍率1.0倍)を下回ることはない。
このように計算された払戻金の総額は、馬券の発売金額の約75%になる

■原告の馬券の購入に関する出金等の状況
原告は、派遣会社の社員としてソフトウェア開発を担当していたが、平成19年に同社を退職し、遅くともこの頃から、A銀行本店営業部及びB銀行新宿支店にそれぞれ開設した原告名義の普通預金口座(両口座を併せて、以下「本件各ネット指定口座」という。)を即PATにおけるネット指定口座として、B銀行ドリーム出張所に開設した原告名義の普通預金口座(以下「本件指定口座」という。)をA-PATにおける指定口座として、PAT方式による馬券の購入を行うようになった(本件各ネット指定口座と本件指定口座を併せて、以下「本件各PAT口座」という。)。

■本件各係争年分における本件各ネット指定口座のJRAとの決済に係る出金状況は、別表1-1及び同1-2の各「②出金金額」欄のとおりである(同別表の各「年月日」欄記載の年月日は、本件各ネット指定口座からJRA口座への各口座振替日及びJRA口座から本件各ネット指定口座への各戻入れ手続を行った日である。)。

■本件各係争年分における本件指定口座のJRAとの決済に係る出金状況は
、別表2-1及び同2-2の各「②出金金額」欄のとおりである(上記各別表の「年月日」欄記載の年月日は、いずれも各節の直後の銀行営業日である。)。

■また、原告は、平成21年分において、在席投票により、JRA入出金機
を介して馬券を購入していた(以下「本件在席投票」という。)。
本件在席投票における馬券の購入に係るJRA入出金機への入金状況は、別表3の「②投入金額」欄記載のとおりであり、同表の「年月日」欄記載の年月日は、原告が在席投票を行った日である。

■原告は、本件各係争年において、馬券の購入履歴や収支に関し、帳簿等の
作成を行っておらず、本件在席投票について各在席投票の当日のJRA入出金機に入金した金額及び最終精算時に交付を受けた金額を記載したJRAの発行する各利用控えを保存している他に、購入履歴に関する資料等を保存し
ていない。また、JRAは、保存期間経過により、本件各係争年分における競走ごとの原告の的中馬券の払戻金等の金額及び馬券の購入金の金額に関する履歴等の記録を保存していない。そのため、原告が購入した個々の馬券の種類や金額は不明である。
ただし、上記イ及びウによれば、本件各PAT口座から出金され、又はJRA入出金機に投入された本件各係争年における額(別表1-1ないし2-2の各「②出金金額」欄及び別表3の「②投入金額」欄記載の金額の各年の合計)は、平成21年が総額2億2873万6600円、平成22年が総額5,081万100円であった。

■原告に対する払戻金等の交付状況
本件各PAT口座の入金金額及び本件在席投票における精算金額には、的中馬券に係る払戻金のほかに、開催中止、出走取消し又は競走除外により無効となった馬券の購入金額の返還金が含まれている。また、本件各ネット指定口座の入金金額及び本件在席投票における精算金額には、馬券の購入金としてJRA口座に口座振替し又はJRA入出金機に入金したものの、実際には馬券を購入しなかった金額が含まれている。ただし、これらの内訳は不明である。
■原告が本件各係争年において馬券の購入履歴や収支に関し帳簿等の作成を行っていないことなどから、原告が本件各係争年に購入し的中した個々の馬券に係る払戻金の額は不明である。
ただし、本件各PAT口座に入金され、又はJRA入出金機において精算された本件各係争年における額(別表1-1ないし2-2の各「①入金金額」欄及び別表3の「①精算金額」欄記載の金額の各年の合計)は、平成21年分において総額2億5513万7640円、平成22年分において総額4,839万3,020円であった。

■本件各処分に至る経緯
原告は、平成21年分の所得税については法定申告期限内の平成22年3月11日、平成22年分の所得税については法定申告期限内の平成23年3月11日、横浜南税務署長に対し、本件競馬所得を事業所得として総所得金額及び納付すべき税額を計算した確定申告書をそれぞれ提出した。

■横浜南税務署長は、平成24年6月29日付けで、原告に対し、平成21年分及び平成22年分の所得税について、別表4及び同5の各「更正処分等」欄記載のとおり、各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定を行った。

■原告は、平成24年7月9日、横浜南税務署長に対し、上記各更正処分及
び各賦課決定が不服であるとして、「異議申立て」欄記載のとおり、異議申立てを行った。

■同税務署長は、同年9月20日付けで、
上記過少申告加算税の各賦課決定についてはいずれも零円とする旨の各変更決定を行うとともに、同年10月3日、平成21年分の所得税に係る更正処分については、その一部を取消す旨の異議決定(同決定で一部取り消された後のものが平成21年分更正処分である。)をし、平成22年更正処分に対する異議申立てについてはこれを棄却する旨の決定をした(なお、同税務署長は、上記各異議申立てのうち上記各賦課決定に対する部分については、上記各変更決定により異議申立ての利益が失われているとして、いずれも却下した。)。

■原告は、平成24年10月23日、国税不服審判所長に対して審
査請求をしたが、平成25年10月16日にいずれも棄却された。

■本件各処分の根拠
1)平成21年分
(ア) 総所得金額 2,905万100円
上記金額は、次の(イ)の一時所得の金額の2分の1に相当する金額である(所得税法22条2項)。
(イ) 一時所得 5,810万200円
上記金額は、次のaないしcの各金額の合計額から、一時所得の特別控除額50万円を控除した後の金額である。
a 本件各ネット指定口座 4,578万7,820円
上記金額は、本件各ネット指定口座に、平成21年1月4日から同年12月27日までの間に、JRAから振り込まれた払戻金等2億2,354万2,060円を控除した後の金額である。
b 本件指定口座 1,266万7,850円
上記金額は、本件指定口座に、平成21年2月16日から同年12月28日までの間に、JRAから振り込まれた払戻金等2302万3,470円から、本件指定口座を介して払戻金を得るために支出した金額1035万5,620円を控除した後の金額である。
c 本件在席投票 14万4530円
上記金額は、原告が、平成21年3月28日ないし同年11月8日までの間に、ウインズ新横浜における在席投票により、JRA入出金機から出金した払戻金等857万2,110円から、JRA入出金機を介して払戻金を得るために支出した金額842万7580円を控除した後の金額である。
(ウ) 所得控除の額の合計額 126万4,500円
上記金額は、原告が平成21年分の所得税の確定申告書に記載した所得控除の合計額と同額である。
(エ) 課税総所得金額 2,778万5,000円
上記金額は、上記(ア)の金額(2,905万100円)から上記(ウ)の金額(126万4,500円)を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
(オ) 納付すべき税額 746万1,600円
上記金額は、次のaの金額からbの金額を差し引いた後の金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
a 課税総所得金額に対する税額 831万8,000円
上記金額は、上記(エ)の金額(2,778万5,000円)に所得税法89条1項(ただし、平成25年3月30日法律第5号による改正前のもの。以下同じ。)に規定する税率を乗じて算出した金額である。
b 予定納税額 85万6,400円
上記金額は、原告の平成21年分の所得税に係る第1期及び第2期の予定納税額の合計額であり、原告が平成21年分確定申告書に記載した予定納税額と同額である。
2)平成22年分
(ア) 総所得金額 294万9,170円
上記金額は、次の(イ)の一時所得の金額の2分の1に相当する金額である(所得税法22条2項)。
(イ) 一時所得 589万8,340円
上記金額は、次のa及びbの各金額の合計額から、一時所得の特別控除額50万円を控除した後の金額である。
a 本件各ネット指定口座 404万7,330円
上記金額は、本件各ネット指定口座に、平成22年1月5日から同年12月26日までの間に、JRAから振り込まれた払戻金等3,237万2,240円から、本件各ネット指定口座を介して払戻金を得るために支出した金額2,832万4,910円を控除した後の金額である。
b 本件指定口座 235万1,010円
上記金額は、本件指定口座に、平成22年1月6日から同年12月27日までの間に、JRAから振り込まれた払戻金等1,602万780円から、本件指定口座を介して払戻金を得るために支出した金額1,366万9,770円を控除した後の金額である。
(ウ) 所得控除の額の合計額 109万8,000円
上記金額は、原告が平成22年分の所得税の確定申告書に記載した所得控除の合計額と同額である。
(エ) 課税総所得金額 185万1,000円
上記金額は、上記(ア)の金額(294万9,170円)から上記(ウ)の金額(109万8,000円)を控除した後の金額(ただし、国税通則法118条1項により1,000円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。
(オ) 納付すべき税額 9万2,500円
上記金額は、上記(エ)の金額(185万1,000円)に所得税法89条1項に規定する税率を乗じて算出した金額(ただし、国税通則法119条1項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの)である。

編集者コメント

AIとヒトの融合

■大阪事件、札幌事件、東京事件に続く馬券重要判例第4弾、横浜事件である。

■当事案の特徴は、全ての判断を同プログラムに任せるのではなく、要所において原告自身の判断を入れて馬券を購入していた点、納税者が、当該馬券払戻金以外に所得を有さない、競馬投資のみに専念した予想士であった点である。自ら開発した競馬予想プログラムで、プログラマーとして独立し、自らの計算と危険において、事業として競馬を行った。

■平成20年~平成25年にかけて、それぞれ75,063,900円、228,736,600円、50,810,100円、33,624,500円、16,553,200円、32,644,700円、6年間で合計437,433,000円もの馬券を購入し、それによる利益は6年間で約4千万円にのぼり、大阪事件、札幌事件についで巨額の馬券事件であった。

■平成20年~平成25年にかけて、収支が大きく変動している上、損失をだした年度があることから、所得発生について偶然性が十分減殺されていないとして、一時所得認定がなされた。

■当事案は、東京事件と同じく、事業所得該当性を主張しており、対価を支払って、馬券とは、的中することにより払戻金を得られる権利を化体したものであると言い、的中馬券を競馬の開催者に交付・譲渡して払戻金という反対給付を受けており、小売事業者の事業との間に本質的な違いはないとの主張には、無理がある。納税者はJRAになんら役務を提供していないため、そこに対価性を見出すことは難しい。

■なお、原告の馬券購入行為は、購入額の規模こそ大きいものの、その購入方法は、一般的な競馬愛好家による馬券の購入態様と質的に異なるものではないし、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をしたものと認めることもできないとして、馬券の購入様態にも言及されており、ほぼ100%のレースで馬券を購入しても、依然「網羅的」と言えないのであれば、「網羅的な購入」とは何たるか、依然疑問は残る。

重要概念/一時所得

一時的・偶発的利益

■一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう(所得税法34条①)

■その特色は、一時的、偶発的利得であることにあり、懸賞金、競馬の払戻金、解雇予告手当(労基20条)、生命保険に基づく一時金、一時払養老保険の満期受取金、損害保険契約に基づく満期返戻金、保険契約者が取得した死亡保険金(最判平成2年7月17日)、厚生年金基金の解散に伴い、支払いを受けた残余財産の分配金(厚生年金保険法147条)のうち将来の年金給付の総額に代えて支払われる部分を超える部分の金額(東京高判平成18年9月14日)、適格退職年金制度の終了に伴い支払われた一時金(東京地判平成24年12月11日)、等がある。

■わが国の所得税は、明治 20 年に初めて設けられた。明治 20 年3月 19 日の勅令第五号第三条において「左ニ掲クルモノハ所得税ヲ課セス」とし、そのうちの1つに「営利ノ事業ニ属セサル一時ノ所得」とされていたことから、偶発的に生じた一時的な所得については課税の対象から外されていた。

■その後の明治 32 年の改正で、第一種を法人所得、第二種を公社債の利子、第三種を 300 円以上の個人所得とし、3種類の所得に区分された。

■昭和 15 年の改正では、総合所得税と分類所得税の両建ての課税方式が採用され、分類所得については、不動産所得、事業所得、勤労所得、山林所得、退職所得及び配当利子所得の6種類に区分され、所得ごとで異なる税率による課税が行われていた。この時点においても偶発的に生じた一時的な所得は、課税の対象外とされたままであった。

■戦後になると、昭和 22 年に前述した総合所得税と分類所得税との両建て課税は廃止され、超過累進税率に一本化された。さらに、この改正により所得の種類は、利子所得、配当所得、臨時配当所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得、事業等所得の9種類に分類され、偶発的な所得も課税の対象とされることとなった。その後、シャウプ勧告に基づいて行われた昭和 25 年の税制改正で臨時配当所得の区分が廃止され、事業等所得の区分も細分化し、事業所得と不動産所得とこれら2つに該当しないその他の所得が雑所得とされた。この改正により所得区分は 10 種類となり、以降、幾度かの改正があったものの所得の種類は、今日まで変わっていない。

併せて読みたい/馬券事件(高松事件)

競馬所得の所得区分について馬券の購入行為の態様、利益発生の規模や期間等により応じて、雑所得に該当するものと、一時所得に該当するものがあると判断された事例(東京高裁 令和2年11月4日判決)

札幌事件判決を受けて、平成30年6月に所得税基本通達34-1の第二次改正が行われた後初めての馬券事件。
本件納税者は、ソフトを使用して馬券を購入。過去のデータの分析を踏まえた独自の条件を設定し、自動的に当該条件に合致するものを抽出し、自動的に購入していた。
5年間のうち1年だけ赤字の年があったことで、一審と控訴審とで「営利性」に対する評価が分かれた。
控訴審は原審を覆し、馬券の払戻金は一時所得に該当するとし、最高裁は上告を受理しなかった。

“平成24年の回収率は中央競馬の平成24年事業年度の払戻率(馬券の発売金額に対する払戻金額の割合。約75%)を相当程度超える86.4%を維持してはいるが、営利性の存否の判断(客観的にみて利益が上がると期待し得る行為の存否の判断)という観点からは平成24年の損失及びその額は、看過できない否定的な事情と言わざるを得ない。”