馬券事件(高松事件)
目次
一会計期間のみの損失で一時所得に該当
概要
札幌事件判決を受けて、平成30年6月に所得税基本通達34-1の第二次改正が行われた後初めての馬券事件である。
本件納税者は、ソフトを使用して馬券を購入。過去のデータの分析を踏まえた独自の条件を設定し、自動的に当該条件に合致するものを抽出し、自動的に購入していた。
5年間のうち1年だけ赤字の年があったことで、一審と控訴審とで「営利性」に対する評価が分かれた。
また、5つの事件の中で購入金額が最も小さいことから、「営利性」だけではなく「継続性」も問われたが、こちらは1審2審ともに肯定されている。
金額
地裁は、原告が馬券予想ソフトに独自の計算式等を設定して自動的に通常馬券の購入をしており、購入行為の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等によれば、回収率が100%を超えことが期待し得る独自のノウハウに基づき馬券を購入し続けていたといえることができ、通常馬券に係る競馬所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」として、雑所得に該当するとした。控訴審は原審を覆し、馬券の払戻金は一時所得に該当するとし、最高裁は上告を受理しなかった。
■裁判所情報
東京地方裁判所 令和元年10月30日判決(古田孝夫裁判長)(納税者勝訴)(被告控訴)
東京高等裁判所 令和2年11月4日判決(秋吉仁美裁判長)(納税者敗訴)(被控訴人上告)
最高裁判所 令和3年10月28日上告不受理(岡正晶裁判長)(納税者敗訴)(棄却・不受理)(確定)
争点
本件における馬券の払戻金に係る所得は一時所得か雑所得か。
判決
東京地方裁判所
→一部認容
平成24年に約790万円の損失が生じているものの同年の回収率は中央競馬の平成24事業年度の払戻率(約75%)を相当程度超える86.4%を維持しているのであるから、購入行為の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等によれば、客観的にみて営利を目的とするものであったといえる。
東京高等裁判所
→納税者敗訴
営利性の存否の判断(客観的にみて利益が上がると期待し得る行為の存否の判断)という観点からは平成24年の損失及びその額は、看過できない否定的な事情と言わざるを得ない。
最高裁判所
→上告不受理(確定)
一時所得と雑所得
■所得区分のあらまし
所得税法では、その性格によって所得を次の10種類に区分している。
利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得である。
■当事案との関係
当事案は、納税者が馬券の払戻金によって得た所得が、上記10種類のうちいずれかに該当するかが争われたが、一時所得と雑所得以外ではあり得ないとして、本質的には、一時所得と雑所得の2者択一で争われた事案である。一時所得には、一時所得3要件と呼ばれるものがあり、除外要件、非継続性要件、非対価性要件である。(下記参照)
■上記を前提として、所得税法では、一時所得と雑所得を以下のように定義している。
■所得税法34条1項(一時所得)
一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。
(除外要件、非継続性要件、非対価性要件の一時所得3要件)
■所得税法35条1項(雑所得)
雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。
キーワード
■キーワード
所得発生の蓋然性、機械的、網羅的、一時所得、偶発的、継続的行為、恒常的購入、娯楽、雑所得、社会通念、趣旨、所得区分、所得税法違反、費用収益対応
■重要概念
包括所得概念と制限的所得概念
東京地裁/両者の主張
納税者の主張
原告は、ソフトを利用し、自動購入を行っていた。損失をだした年があるという1点だけで、ただちに利益を恒常的に上げることは出来ないと評価すべきではない。確かに、損失を出した年もあるが、通算では利益を上げている。利益を恒常的に得る行為である。よって「営利を目的とする継続的行為」であると言える。
“原告は、通常馬券について、本件ソフトを使用して、過去のデータの分析を踏まえた独自の条件を設定し、自動的に当該条件に合致するものを抽出し、自動的に購入していた。”
“また、原告は、WIN5に係る馬券について、本件ソフトにより算出した得点の高い馬を抽出した上、ターゲットを使用して、推定配当が1万倍を超える馬券の組合せを500通り選択し、一組当たり100円で購入していた。”
“平成22年から平成26年までのうち、平成24年を除く4年間で利益を上げており、その利益の額は、平成24年の損失を差し引いても通算2500万円以上となる。なお、通常馬券に係る損益に限っても、平成24年から平成26年までの通算で利益を上げている。”
WIN5も、上記の通常馬券と同じ購入様態でただ試行回数が少ないだけである。通算でみると、WIN5にかかる損益は利益を上げている。よって、「営利を目的とする継続的行為」であると言える。
“WIN5に係る馬券は、通常馬券と比較して試行回数に差があるだけで、購入対象の選定、購入条件及び金額の決定プロセスに質的な差異はない。現に、年単位で見れば損失が生じた年もあるが、平成24年から平成26年までの3年間に限っても、平成29年までを全体として見ても、WIN5に係る馬券の損益は通算で利益を上げている。”
“したがって、原告による馬券の購入は、多額の利益を恒常的に得るものであり、客観的にみて利益が上がると期待し得る行為といえる。”
国税庁の主張
大阪事件を引用。購入規模が、大阪事件や札幌事件に比べて少額であり、平成22年~29年の8年間のうち、3年間に損失が生じていることから、恒常的に利益を上げられる所得ではない点、記録が保管されていないため、いかなる条件によりいかなる工夫を講じて馬券を購入していたのかといった客観的にその購入の様態を確認することが出来ない点から、原告の通常馬券の購入について、客観的にみて利益が上がると期待し得る行為と評価することはできない。
“最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決によれば、ある所得が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」に当たるか否かは、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断される。”
“原告の平成24年から平成29年までの通常馬券に係る開催レース数に占める購入レース数の割合は、最小限のレース購入数及び延べレース数のみが判明している平成27年を除くと、66.5%(平成29年)~76.5%(平成26年)にとどまる。”
“また、原告は、1日当たり数十万円から数百万円、1年当たり数千万円の馬券を購入していたにすぎず、このような馬券購入の規模は、最高裁平成27年判決や最高裁平成29年判決の事案における馬券購入の規模と比較して小さい。”
“これらの点から、原告が馬券を網羅的に購入していたとは言い難いし、ほぼ全てのレースで馬券を購入することを目標として馬券の購入を続けていたともいえない。したがって、原告の通常馬券の購入について、一体の経済的活動と評価することはできず、継続的行為に当たるとはいえない。”
“原告の通常馬券に係る損益は、平成22年から平成29年までの8年間において、約112万円(平成28年分)~約1376万円(平成23年分)の利益を上げたにとどまり、一般の競馬愛好家であっても実現し得る程度のものである上、平成24年に約790万円、平成27年に約793万円、平成29年に約257万円の損失が生じている。そうすると、原告の通常馬券の購入について、恒常的に利益を上げていたとも、回収率(購入金額に対する払戻金額の割合)が100%を超えるような馬券を選別して購入していたともいえない。”
“原告は、通常馬券の購入について、本件ソフトを使用して、独自の条件を設定して自動的に購入していた旨を主張する。しかし、本件においては、原告がいかなる条件によりいかなる工夫を講じて馬券を購入していたのかといった馬券の購入行為の具体的な態様を確認することができない上、仮に原告が主張するような購入の態様があったとしても、これと利益発生(回収率)との因果関係は明らかではない。したがって、原告の通常馬券の購入について、客観的にみて利益が上がると期待し得る行為と評価することはできない。以上のとおり、原告の通常馬券の購入について、「営利を目的とする継続的行為」と評価することはできない。”
WIN5は難易度が極めて高いし、実際、原告も、数える程度にしか購入していない上、年に1回的中するかしないかの確率であるため、ここから生じる所得は、偶然性を多分に含むものである。よって、当該馬券払戻金は、継続的に利益を上げられる所得には該当しないせず、一時所得であると言える。
“WIN5に係る馬券は、5レース全ての1着を的中させなければならない点で、一つのレースの中で順位を予想する通常馬券と異なる特徴を有する。また、WIN5は、1着となる馬の組合せの数が最大188万9568通り(対象レースの全てが18頭立てである場合)と極めて大きく、的中が困難であることから、払戻金が億単位に上ることもあり得る射こう的な投票法である。加えて、WIN5の開催数は、最大でも年間56回と少ないことからすれば、WIN5は、その性質上、個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入によって、長期的にみて当たり馬券の払戻金の合計額と的中しなかった馬券(いわゆる外れ馬券)を含む全ての馬券の購入代金との合計額との差額を利益とし、あるいは偶然性の影響を減殺することができるようなものではなく、年1回程度の極めて少ない回数の的中を期待して馬券を購入するよりほかないものである。現に、原告がWIN5に係る馬券を購入した回数は、平成24年が5回、平成25年が22回にとどまる上、平成24年及び平成25年における的中は各1回にとどまり、平成26年には的中していない。”
“したがって、原告のWIN5に係る馬券の購入について、1回ごとの個々の馬券の購入の集合を超えて、一連の経済的活動であると評価することはできないし、性質の異なる通常馬券の購入と一連のものとして評価することもできない。”
東京高裁/両者の主張
納税者の主張
損失を出した年でも回収率は86.4%と、競馬の本来の回収率75%を遙かに超えている。偶然ではなく、恒常的に利益を上げるノウハウがあることの証明である。
“被控訴人の通常馬券による利益発生状況は、平成22年から平成26年までの5年間のうち4年間で少なくとも500万円を超える規模の利益があり、平成24年は損失であったとしても、期待回収率約75%を相当超える86.4%を維持している。このようなことは一時的な偶然によってもたらされるものとしては到底説明できないものであり、利益を期待し得る独自のノウハウがあると考えざるを得ない。”
国税庁の主張
被控訴人の購入規模は小さいため、継続的に利益を上げられる所得とは認められない。(=非継続性要件の充足)
“回収率(期待回収率)が100%を超えるように馬券を選別して購入し続けることで、実際の回収率が100%を超えた値に収束するには、それ相応の長期間、多数回、頻繋に馬券を購入しなければならず、そうすると、馬券の「購入額」についても、極めて多額のものでなければならない。
したがって、継続的行為該当性の判断においては、「その他の態様」としての馬券の購入額が重要な考慮要素となっているというべきである。”
“被控訴人の通常馬券の購入額をみると、平成22年分から平成26年分までの5年間でみた場合、約3200万円から約9700万円という規模であったことが認められるが、被控訴人の通常馬券の購入額の規模は、①継続的行為該当性が肯定された先例の各最高裁判決では馬券の購入額が約3億4500万円(民事事件で判明する年分を含めると約9900万円)から約21億7400万円であったのに対して、②継続的行為該当性が否定された裁判例では馬券の購入額が約1700万円から約2億2900万円であったことからすると、上記②の規模にとどまることが明らかである。したがって、被控訴人の通常馬券の購入額は、極めて多額であったとはいえないので、その他の事情を考慮しても、継続的行為該当性は認められない。”
被控訴人の損益に大幅な変動があるから、偶発性を否定できない。継続的に利益を上げられる所得とは言え無い。
“被控訴人の年間を通じた回収率をみると、平成22年分から平成26年分までの5年間ないしは平成22年分から平成29年分までの8年間において、約86.4%から約131.3%であり、100%未満となっている年分があるのみならず、乱高下を繰り返し、その下限は100%を大きく割り込むというものである上、そのように損失が発生した理由が客観的に明らかになっていない。
また、被控訴人の通常馬券の利益発生の状況をみると、平成22年分から平成26年分の5年間でみた場合、約790万円の損失から約1400万円という利益(損失)発生の規模であったことが認められるが、このような被控訴人の通常馬券による利益発生の状況は、営利目的該当性が肯定された先例の各最高裁判決の規模(約1300万円〔民事事件の判決文から判明するものは約560万円〕から約2億0800万円の利益発生の規模)とは異なる規模のものであり、営利目的該当性が否定された裁判例の規模にとどまるものである。そして、被控訴人の通常馬券による利益発生の状況は、数千万円から数億円規模の利益が長期間にわたって発生するという特殊な利益発生の状況ではなく、通常、偶発的な一時の所得である馬券の払戻金に係る利益と異質なものであるとは評価できない。”
■国税庁
大阪事件を引用しつつ、購入規模が、大阪事件や札幌事件や他の事件に比べて最も少額であり、平成22年~29年の8年間のうち、3年間に損失が生じていることから、恒常的に利益を上げられる所得ではない点、記録が保管されていないため、いかなる条件によりいかなる工夫を講じて馬券を購入していたのかといった客観的にその購入の様態を確認することが出来ない点から、原告の通常馬券の購入について、客観的にみて利益が上がると期待し得る行為と評価することはできないと主張。継続的に利益を上げられる所得とは言え無いとした。
■納税者
納税者は、ソフトを利用し馬券購入を行っていたため、損失をだした年があるものの、ただちに利益を恒常的に上げることは出来ないと評価すべきではなく、通算では利益を上げているため、「営利を目的とする継続的行為」であると主張した。損失を出した年でも回収率は86.4%と、競馬の本来の回収率75%を遙かに超えており、偶然ではなく、恒常的に利益を上げるノウハウがあることの証明であると主張した。
関連する条文
所得税法
34条(一時所得)
1項
2項
35条(雑所得)
1項
2項
37条(必要経費)
1項
所得税法施行令
34-1(一時所得の例示)
東京地方裁判所/令和元年10月30日判決(古田孝夫裁判長)/(納税者勝訴)(被告控訴)
これまでの大阪事件や札幌事件を比較すると購入規模は少額であるが、一般的な競馬愛好家とは明らかに異なるレベルの購入規模である。しかも全レース中どのくらいの数の馬券を購入したかという購入割合も、70%以上とかかなりの頻度であり、継続的に所得を得られると認められる程度である。
(継続性の肯定)損失を出している平成24年も、回収率は86.4%を維持しており、当該年度の払戻率75%を大きく超えている。原告は独自のノウハウに基づき馬券を選別して購入を続けており、一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったといえる。(営利性の肯定)WIN5については、購入頻度も低く(9.3%や40.7%)、購入額も最も高い平成26年で240万円程度であり、利益を上げた年もあるが、最も頻繁にかつ多額に購入した平成26年は的中がなく損失を出している。
なお、偶然性が高く、安定的、継続的に利益を上げられる所得であるとは言えないので)WIN5に係る所得は一時所得である。
“「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるか否かは、文理に照らし、行為の期間、回数、頻度その他の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁平成27年判決、最高裁平成29年判決参照)。”
“平成22年から平成26年までの5年間における原告の通常馬券の購入金額は、平成22年が3172万7600円、平成23年が4391万1200円、平成24年が5826万0200円、平成25年が6709万7700円、平成26年が9702万2300円であり、この間の原告の通常馬券の購入に係る損益は、平成22年が583万5760円、平成23年が1376万2210円、平成25年が516万6620円、平成26年が600万9060円の各利益、平成24年が790万0020円の損失であった。”
“なお、その後の平成27年及び平成29年にも通常馬券の購入によって損失が生じているが、平成24年を含めたこれらの各年の通常馬券に係る回収率は、平成24年が86.4%、平成27年が87.5%、平成29年が87.0%であった)。”
“原告の通常馬券の購入額は、1日当たり数十万円から数百万円、年間数千万円といった規模であり、被告が指摘する事案と比較すれば少額であるとしても、一般的な競馬愛好家と変わらないといえるほどの額にとどまるものではない。加えて、通常馬券に係る開催レース中の購入レースの割合は、平成24年が70.9%、平成25年が67.6%、平成26年が76.5%と相当程度の頻度であり、少なくとも平成26年までの5年間にわたり、同様の方法で通常馬券を購入し続けていたこと等の事情が認められる本件においては、原告が馬券を購入した金額は、継続的行為に当たるという上記の評価を支えるのに十分な金額であるといえる。”
“原告は、平成22年以降の5年間のうち4年間で、年間を通して利益を上げており、その金額は約516万円(平成25年)から約1376万円(平成23年)に及ぶのであり、平成24年に約790万円の損失が生じているものの同年の回収率は中央競馬の平成24事業年度の払戻率(馬券の発売金額に対する払戻金額の割合。約75%)を相当程度超える86.4%を維持しているのであるから、上記のような馬券の購入行為の態様、利益発生の規模、期間その他の状況等によれば、原告は回収率が総体として100%を超えることが期待し得る独自のノウハウに基づき馬券を選別して購入を続けていたということができ、そのような原告の上記の一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったといえる。”
“原告は、WIN5に係る馬券について、通常馬券とは別に購入していたところ、馬券の選別方法等の具体的な購入の態様は明らかでない上、購入の頻度は、平成26年には全ての回で購入したものの、平成24年が54回中5回(9.3%)、平成25年が54回中22回(40.7%)と、基本的に全てのWIN5で馬券を購入していたとはいえないものであるし、購入額も、年間で26万円(平成24年)、110万円(平成25年)、約240万円(平成26年)にとどまる(別紙1)。そして、WIN5に係る馬券の購入による損益は、平成24年11月18日及び平成25年12月22日にそれぞれ100円で購入した馬券が的中して利益を上げたものの(甲15、弁論の全趣旨)、最も頻繁に、かつ多額の馬券を購入した平成26年には的中がなく購入金額が全て損失となっている。”
“このような馬券の購入方法や期間、回数、頻度その他の態様に照らして検討すると、原告によるWIN5に係る馬券の購入は、通常馬券の購入行為とその態様において共通するものとは認められず、WIN5に係る馬券と通常馬券の購入行為を併せて一体の経済的行為として見ることができないものである。”
“平成24年から平成26年までの本件競馬所得のうち、通常馬券の的中による払戻金に係るものは雑所得に該当し、WIN5に係る馬券の的中による払戻金に係るものは一時所得に該当することになる。”
東京高等裁判所/令和2年11月4日判決(秋吉仁美裁判長)/(納税者敗訴)(被控訴人上告)
平成24年の損失は、平成22年、平成25年、平成26年の各一年間の利益額よりも多額であった。(平成24年の回収率が86.4%と高かったことを考慮しても)平成24年の損失の大きさは、(全体として利益発生の確度をばらつかせることになり)継続的に利益を上げられる所得であるとは言えない事情を作り出したと考えられる。(営利性を否定)平成25年の利益は、平成24年の損失をカバーできるほどではなかったことから、全体として、一連の払戻金は、恒常的に利益を上げられる所得であったとは認められない。
上記の平成24年の790万円の損失により、一連の払戻金は、偶然性が十分に減殺されていないと推認されるものであるため、(恒常的継続的に安定して利益を得られる所得ではないことから)雑所得としての担税能力を認められない所得であると言える。よって、本件馬券払戻金は一時所得にあたる。
“被控訴人の平成22年以降5年間の利益と損失をみると、平成22年は約584万円、平成23年は約1376万円、平成25年は約516万円、平成26年は約601万円と利益を上げたが、平成24年は約790万円の損失となったことが認められる。
この内、平成23年の利益額はその他の利益を上げた3年の年間利益額の2倍を超える相当高額なものであったのに対し、平成24年の損失額は、利益を上げた平成22年、平成25年、平成26年の各1年間の利益額より多額のものであった。平成24年の回収率は中央競馬の平成24年事業年度の払戻率(馬券の発売金額に対する払戻金額の割合。約75%)を相当程度超える86.4%を維持してはいるが、営利性の存否の判断(客観的にみて利益が上がると期待し得る行為の存否の判断)という観点からは平成24年の損失及びその額は、看過できない否定的な事情と言わざるを得ない。”
“通常、馬券購入自体、本来偶然性に左右されるものであって、原則として継続した営利性は認められないところ、恒常的に利益を上げていた場合など、ある程度の期間、継続して客観的にみて利益が上がると期待し得る行為には、営利性を肯定できると解すべきである。本件では、平成22年から2年連続で利益を上げたが、平成24年は相当額の損失となり、平成25年には利益を上げたものの、平成24年の損失額を補うには足りず、平成26年には利益を上げたというにとどまるのであるから、恒常的に利益を上げていたとまでは認められない。”
“1年間というある程度長期間で集計してもなお約790万円の多額の損失を計上するということは、年間を通じての収支で利益が得られるように馬券の選別が行われる仕組みに大いに疑問を抱かせるものであり、偶然性の影響が減殺されていないことを推認させるものであって、雑所得としての税負担能力を否定する事情といえる。”
最高裁判所/令和3年10月28日上告不受理(岡正晶裁判長)/(納税者敗訴)(棄却・不受理)(確定)
■本事案は、平成22年度~26年度のうち、年間収支に損失がでた年が一年あることにより、地裁と高裁で判断が分かれた。
■地裁は、大阪事件や札幌事件と比較すると購入規模は少額であるが、一般的な競馬愛好家とは明らかに異なるレベルの購入規模であり、購入割合も70%以上とかかなりの頻度であり、継続的に所得を得られると認められるとし、雑所得であるとした。損失を出している平成24年も、回収率は86.4%を維持しており、当該年度の払戻率75%を大きく超えており、原告は独自のノウハウに基づき馬券を選別して購入を続けており、一連の行為は、客観的にみて営利を目的とするものであったといえるとし、本件競馬所得は雑所得であるとした。
なお、偶然性が高く、安定的、継続的に利益を上げられる所得であるとは言えないので)WIN5に係る所得は一時所得である。
■高裁は、原審を覆し、本件競馬所得は一時所得にあたるとした。平成24年の損失を重視し、平成22年、平成25年、平成26年の各一年間の利益額よりも多額であり、(平成24年の回収率が86.4%と高かったことを考慮しても)平成24年の損失の大きさは、(全体として利益発生の確度をばらつかせることになり)継続的に利益を上げられる所得であるとは言えない事情を作り出したと判断した。上記の平成24年の790万円の損失により、一連の払戻金は、偶然性が十分に減殺されていないと推認されるものであるため、(恒常的継続的に安定して利益を得られる所得ではないことから)雑所得としての担税能力を認められない所得であると言え、本件競馬所得は一時所得にあたるとした。
認定事実
■中央競馬の概要等
■JRAは、上記開催期間とは別に、競馬開催日(競馬開催日が2日以上連続する場合にはその連続する競売開催日を併せたもの)又は競馬開催日と競馬開催日との間の日が土曜日、日曜日若しくは祝日である場合の前後する競馬開催日を併せたもの等を「節」と称している。
■JRAは、馬券を、券面金額10円の馬券10枚分以上を1枚として(すなわち、1口100円以上で)発売することができ(競馬法6条1項、2項)、馬券の発売は、その競走に出走すべき馬が確定した後に開始し、競走の発走の時までに締め切らなければならず(競馬法施行令8条)、勝馬投票法の種類ごとの勝馬は、その競走の開催執務委員の着順の宣言により確定し(競馬法施行規則7条8項)、勝馬投票の的中者に対し、払戻金が交付される(競馬法8条参照)。
■馬券の種類
a
b
■払戻金の額が馬券の券面金額に満たない場合は、その券面金額が払戻金の額とされるため(競馬法8条2項参照)、JRAが主催する中央競馬において、当たり馬券の払戻金が購入金額(倍率1.0倍)を下回ることはない。
■勝馬投票の的中者がない場合、原則として、その競走についての払戻対象総額を、当該競走における勝馬以外の出走した馬に投票した者に対し、各馬券に按分して払戻金として交付するが(競馬法8条3項参照)、WIN5について的中者がない場合は、その競争についての払戻対象総額が、その後最初に的中者があるWIN5の払戻対象総額に加算される(同法9条1項参照。いわゆるキャリーオーバー)。
■平成24事業年度の払戻金の総額は、馬券の発売金額の約75%であった。
■原告による馬券の購入等
原告は、平成19年1月以降、任意に設定した条件に合致する馬券(WIN5に係る馬券を除く。以下「通常馬券」という。)をA-PATにより自動的に購入する競馬予想ソフトウェア「馬王」(以下「本件ソフト」という。)を使用して通常馬券を購入するようになり、平成22年から平成26年までの中央競馬のレースについても、本件ソフトを使用して通常馬券を購入していた。また、WIN5に係る馬券については、本件ソフトを使用して自動的に購入することができないため、原告は、競馬のデータベースソフトウェア「TARGET frontier JV」(以下「ターゲット」という。)を使用した上で、別途、A-PATにより購入していた。
■原告の所得税の申告状況
■本件各通知処分等
原告は、平成29年5月17日、国税不服審判所長に対し、本件各通知処分の取消しを求める旨の審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成30年3月22日付けで、原告に対し、上記審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。
■本件訴えの提起
編集者コメント
判例の積み重ね
■平成22年~平成26年までの5年間で唯一平成24年年度のみ損失をだし、通算では黒字という、非常にきわどい高松事件である。
■納税者は、5年間で約3億円の馬券を購入し、5年間のトータルで約2,200万円の利益をあげた。購入規模は、大阪事件~の5つの馬券裁判の中では最も少額ではあるものの、一般人は遠く及ばないレベルである。
■大阪事件以来、引用されてきた「馬券の網羅的購入」の定義は未だなされておらず、当事案においても、東京地裁が「70%という購入割合は十分である」と判示している一方、判断を覆した東京高裁は、「70%だから不十分」とは言っていない。「網羅的な購入」とは何%なのか、70%だと足りないのか、これは今後、税務訴訟の活性化を通じて、明確化されるだろうか?そのような意味で、70%という数字は微妙なラインであり、裁判所もあえて言及しなかったのだろう。
■競馬の払戻金の期待値は75%であり、これを裕にクリアする86.4%の回収率は、一般人としてはかなりハイレベル、しかし、競馬というただでさえ射幸性の強い行為を源泉とする所得を、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であると認定されるのは、かなり高いハードルが課されるということだろう。
■大阪事件~高松事件まで、著名な5つの馬券裁判を紹介した。大阪事件では、ソフトを使用することで、ほぼ100%のレースの馬券を購入し、年間収支の黒字を継続して達成したため、最高裁によってはじめて馬券事件が審理され、雑所得に該当すると判断された。通達を変えた衝撃の判決であったが、当時は、判例の蓄積が不十分であったため、「ソフトを使用すること」が、「網羅的な購入である」とされ、続く札幌事件では、すべて納税者のノウハウと知見のみで、巨額の利益をあげたにもかかわらず、地裁では一時所得であるとされた。高裁は、この判決を覆し、90%以上のレースで、年間収支の黒字を継続して達成していれば、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」であるとし、当該裁判の最高裁で「偶然性の減殺」という言葉が用いられ、後世の馬券事件で判定基準として用いられることとなり、現在に至る。
重要概念/包括所得概念と制限的所得概念
■所得概念は、大きく、制限的所得概念(源泉所得説)と包括的所得概念(純資産増加説)の2つの考え方に大別される。
■制限的所得概念とは、「周期的、反復継続的に生じる利得、例えば利子・配当・地代・給与等のみを所得として捉え、一時的・偶発的・恩恵的な利得、例えば相続・贈与、宝くじの当選金、競馬の払戻金、キャピタルゲイン等を所得の範囲から除外する考え方である。」とされ、包括的所得概念とは、「個人の担税力を増加させる一定期間内の純資産の増加を課税対象とする考え方である。すなわち、制限的所得概念からは除外される譲渡所得や一時所得も所得に含められることとなる。」と言われる。
■わが国では、戦前の所得税法は制限的所得概念の考え方が主流であった。
■しかし、戦後のシャウプ勧告及び税制改正により包括的所得概念の考え方が採用されるようになった。
このことは昭和 38 年 12 月の税制調査会「所得税法及び法人税法の整備に関する答申」において、「所得税及び法人税における所得概念については、個別経済に即した担税力を測定する見地からみて、基本的には、現行税法に表われているいわゆる純資産増加説(中略)の考え方に立ち、資産、事業及び勤労から生ずる経常的な所得のほか定型的な所得源泉によらない一時の所得も課税所得に含める立場をとるのが適当であると考えられる。」と述べられている。
■わが国は、包括的所得概念の考え方により全ての所得を課税対象としているが、所得の発生の態様や所得の源泉によって担税力が異なると考えられており、そこから担税力の異なる各種所得の区分に応じて所得の計算方法が定められた。
■しかし、現在における「社会情勢あるいは経済情勢のめまぐるしい変化、例えば勤労形態の変化や金融取引の複雑化・国際化、ITの発達等に、必ずしも現在の所得分類が適切に対応しきれているとはいえない。馬券事件で、一時所得であるか雑所所得であるかが争われたことからも、現状の所得区分は一定の問題を抱えているといえるのではなかろうか。今後も、馬券事件のように、問題点を踏まえ、個別に各種所得区分の現状やその在り方やあるべき姿について検討していきたい。